大阪高等学校 (旧制)
大阪高等学校 (大高) | |
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創立 | 1921年 |
所在地 | 大阪府東成郡天王寺村 (現・大阪市阿倍野区) |
初代校長 | 野田義夫 |
廃止 | 1950年 |
後身校 | 大阪大学 |
同窓会 | 大阪高等学校同窓会 |
旧制大阪高等学校(きゅうせいおおさかこうとうがっこう)は、大阪府に設立された官立の旧制高等学校。略称は「大高」。
目次
1 概要
2 沿革
3 歴代校長
4 校地の変遷と継承
5 著名な出身者
5.1 文化・学術
5.2 政界
5.3 官界
5.4 経済界
5.5 スポーツ
6 外部リンク
概要
改正高等学校令に基づき19番目の官立旧制高等学校として設立された。文科(甲類・乙類)および理科(甲類・乙類・丙類)よりなる修業年限3年の高等科を設置した。特にフランス語を専修とする理科丙類を設置したのは、官立高校のうち大高以外では東京高校のみである。
生徒は大阪出身者が全体の2/3、市内の中学校6校の出身者だけで5割以上を占めた。卒業生には政治家・官僚は少なく、ジャーナリスト・学者が多いとされる。学生寮として「図南寮」(となんりょう)が建てられた。
第二次世界大戦後の学制改革により府立浪速高校と共に新制大阪大学に包括、大阪大学一般教養部南校の前身となった。
沿革
1921年(大正10年)11月:勅令第432号により大阪高等学校設置。
1922年(大正11年)4月:開校。
1947年(昭和22年):文科丙類を設置。
1949年(昭和24年)5月:新制大阪大学に包括、「大阪大学大阪高等学校」と改称。
1950年(昭和25年)3月:廃止。
歴代校長
- 初代:野田義夫
- 第2代:隈本繁吉
- 第3代:金子幹太
- 第4代:石倉小三郎
- 第5代:佐々木喜市
- 第6代:伊藤達夫
- 第7代:森田淳一
校地の変遷と継承
開校に際し設立資金として地元から51万円の寄附が集められたが、地価の高い大阪では市南郊の天王寺村(当時は大阪府東成郡 / 1925年に大阪市に合併され住吉区に編入されたのち現・阿倍野区)に10,400坪の校地しか取得できず、他の高校の1/2 - 1/3の面積しかなかった。そのため本館は道路に面し鉄筋コンクリート構造で建設された。新制大学への移行まで存続し、校地・校舎は大阪大学一般教養部南校に継承されたが、1960年同・北校(旧制浪高の旧校地)に統合移転されたため廃止、1962年には跡地に公団阪南団地(現・UR都市機構阪南団地)が建設され、現在に至っている。跡地には「青春の像」「大高跡碑」などのモニュメントが建立され、1972年には開校50年を記念して阪大豊中キャンパス内に「大高の森」が造営されている。大高の建物の中では生徒集会所として使用されていた木造の「黎明館」が、天理外国語学校(天理大学の前身)の創設者、天理教2代真柱の中山正善が大高OBである関係から、1960年に奈良県の天理大学内に移築され現存する。
著名な出身者
文化・学術
竹内好 - 中国文学者
保田与重郎 - 文芸評論家
藤沢桓夫 - 小説家
藤枝晃 - 歴史学者、敦煌学
秋田實 - 漫才作家
福井謙一 - 化学者、ノーベル化学賞受賞、文化勲章受章、日本学士院会員
早石修 - 生化学者、文化勲章受章、日本学士院会員
豊島久真男 - 医学者、文化勲章受章、日本学士院会員
定永両一 - 地球科学者、日本学士院会員
森本信男 - 地球科学者、日本学士院会員
川島武宜 - 法学者、日本学士院会員
安井郁 - 国際法学者、原水爆禁止日本協議会(原水協)初代理事長
柳瀬良幹 - 行政法学者
安井琢磨 - 経済学者、文化勲章受章
野田又夫 - 哲学者、紫綬褒章、勲二等瑞宝章受章
市井三郎 - 哲学者
橋本峰雄 - 哲学者、法然院第30代貫主
角山栄 - 歴史学者、和歌山大学学長
脇田修 - 歴史学者- 田中修 - 神戸大学教授
長谷川慶太郎 - 経済評論家
開高健 - 小説家、在学中学制改革により大阪市立大学へ
向井敏 - エッセイスト
松尾昭典 - 映画監督
田中信昭 - 合唱指揮者、東京混声合唱団桂冠指揮者
多田武彦 - 作曲家、合唱曲、特に男声合唱で知られる
中山正善 - 天理教二代真柱
政界
- 古川丈吉 - 衆議院議員(自由民主党)、法務政務次官
- 木野晴夫 - 衆議院議員(自由民主党)、経企・防衛政務次官
田畑金光 - 衆議院議員(民社党)、いわき市長
山本壮一郎 - 宮城県知事
官界
石野信一 - 大蔵事務次官、旧太陽神戸銀行頭取- 宮川新一郎 - 大蔵省理財局長、官房長
- 奥村輝之 - 大蔵省国際金融局長、旧太陽神戸銀行頭取
- 山内宏 - 大蔵省証券局長、大阪証券取引所理事長
- 讃岐喜八 - 通産省石炭局長
- 新井真一 - 通産省繊維局長、日本万国博覧会事務総長
- 森口八郎 - 通産審議官
- 橋本利一 - 通産審議官、石油公団総裁
- 荘清 - 中小企業庁長官
- 池田誠一 - 札幌通産局長、通産省重工業局電子政策課長
赤澤璋一 - 通産省重工業局長、ジェトロ理事長 / ジェトロが輸入奨励シフトへ- 中西実 - 労働事務次官、内務官僚出身
岡村泰孝 - 検事総長
三井脩 - 警察庁長官
- 河崎一郎 - 駐アルゼンチン大使 / 著書『素顔の日本』が問題となり解任
堀新助 - パ・リーグ会長、駐イタリア大使
経済界
森薫 - 阪急電鉄社長
柴谷貞雄 - 阪急電鉄社長- 山野種松 - 聯合紙器社長
- 右近保太郎 - 日本火災海上保険社長
- 久田孝 - 内田洋行社長
- 野田忠二郎 - 阪神電気鉄道社長
- 足立護 - 川崎汽船社長
- 仙石永博 - 住友倉庫社長
- 柴田健三 - 積水化学工業社長
- 高木広 - 日立化成工業社長
- 森田千賀三 - 東洋信託銀行社長
- 西川英夫 - 東京建物社長
- 釜井章二 - 安田信託銀行社長
- 杉澤英男 - 神戸製鋼所社長
- 関正彦 - 三井銀行社長
- 高垣金三郎 - 大広社長
- 山田公一 - 住友石炭鉱業社長
- 西田尭 - 同和鉱業社長
- 毛呂三郎 - 東洋ゴム工業社長
- 森英雄 - 住友化学工業社長
- 片岡晴四郎 - ジャパンライン社長、日本興業銀行常務/片岡音吾次男
- 松本最 - 大阪屋社長
- 新宮康男 - 住友金属工業社長
- 前田和一郎 - 東京相和銀行社長
- 小西秋雄 - 新キャタピラー三菱社長
- 浜田鍈之助 - 大阪セメント社長
- 妹背光雄 - 東洋信託銀行社長
金森茂一郎 - 近畿日本鉄道社長- 末松謙一 - 三井銀行社長
- 柴田稔 - 東洋紡社長
領木新一郎 - 大阪ガス社長、現相談役- 奥井功 - 積水ハウス社長
- 橋本俊作 - さくら銀行頭取
- 稲畑勝雄 - 稲畑産業社長、現会長
柴田俊治 - 朝日放送社長、現相談役
スポーツ
- 三島實 - ラグビー日本代表選手
外部リンク
旧制大阪高等学校ホームページ - 大阪高等学校同窓会HP
- 大阪高等学校のモニュメント
大阪大学総合学術博物館
- 史料準備館(待兼山修学館)
- 華麗なる旧制高校巡礼 - 旧制大阪高等学校
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