非経験的分子軌道法








非経験的分子軌道法(ひけいけんてきぶんしきどうほう、英: ab initio molecular orbital method)は、量子化学に基づく計算化学手法である[1]


非経験的分子軌道法では、ハートリー-フォック方程式(正確には、閉殻系の場合はRoothaan-Hall方程式、開殻系の場合はPople-Nesbet方程式である)を解くために必要な分子積分を、実験値に置き換えたり省略したりせずにすべて計算する。物理定数以外の実験値を全く使用せずに分子軌道を計算するため、ab initio MO法ab initio分子軌道法とも呼ばれる。


ab initioという用語は、ベンゼンの励起状態に関する半経験的研究においてロバート・パー(英語版)およびデイヴィッド・クレイグ(英語版)ら共同研究者によって、量子化学において初めて使われた[2][3]。背景はパーによって詳述されている[4]。「量子力学の第一原理から」という現代的意味で用いたのは、Chen[5]やローターン[6]が初めてで、AllenおよびKaroは論文のタイトルにも用いて明確にこの用語を定義した。


ほとんどの場合、シュレーディンガー方程式を解くために用いられる基底関数系(大抵LCAOアンザッツから構築される)は完全ではなく、イオン化や散乱過程と関連したヒルベルト空間に広がらない(連続スペクトル(英語版)を参照)。ハートリー-フォック法ならびに配置間相互作用法では、この近似によってシュレーディンガー方程式を「単純」な電子的分子ハミルトニアン(英語版)の固有値方程式として扱うことができ、解の離散(英語版)集合が得られる。



種類




ハートリー-フォック法(HF法)

RHF法(閉殻系分子、1つのMOに異なるスピンの電子2つ)、ROHF法(開殻系分子、1つのMOに異なるスピンの電子2つ、1つのMOに不対スピンとなる電子1つ)、UHF法(開殻系分子、α電子とβ電子を別々の軌道に)


以下はHF法より高精度な方法である(beyond HF、Post-HFなどと呼ばれることがある)。




Møller-Plesset摂動法(MP法)

Rayleigh-Schrödinger摂動法による近似。2次以上の摂動により電子相関が取り込まれる。その次数により、MPn (n=2,3,4,…) 法と呼ばれる。


配置間相互作用法(CI法)

多電子波動関数(全電子波動関数)を単一のスレーター行列式ではなく、励起電子配置による複数のスレーター行列式の線形結合として近似する方法。CISD(1,2電子励起配置を使用)、CISDT(CISDに加え、3電子励起配置を考慮)、CISDTQ(さらに4電子励起配置を考慮)、full CI法に加え、参照電子配置を複数以上考慮するMR-CI法も一般的になってきた。


多配置SCF法(MCSCF法)

CI法では、まず多電子励起電子配置の波動関数を求めておき、その線形結合時の係数のみを最適化するのに対し、この方法では同時に分子軌道も最適化する。最適化する価電子数と分子軌道数を指定するCASSCF (Complete Active Space SCF) 法がよく使われる。


クラスター展開法(CC法)

多電子励起電子配置を、より少ない電子の励起配置の積で表す。CCSD、CCSDT、CCSD (T)、SAC (Symmetry Adapted Cluster) -CI法など。一般に大きさについての無矛盾性(英: size-consistency)を満たすことなどが特徴。


Iterative CI-General Single and Double法(ICI-GSD法)

Iterationが必要だが、1,2電子励起電子配置を考慮するだけでfull-CIと同等の解が得られる。



脚注





  1. ^ Levine, Ira N. (1991). Quantum Chemistry. Englewood Cliffs, New jersey: Prentice Hall. pp. 455–544. ISBN 0-205-12770-3. 


  2. ^ Parr, Robert G.. “History of Quantum Chemistry”. 2014年6月13日閲覧。


  3. ^
    Parr, Robert G.; Craig D. P.; Ross, I. G (1950年). “Molecular Orbital Calculations of the Lower Excited Electronic Levels of Benzene, Configuration Interaction included”. Journal of Chemical Physics 18 (12): 1561–1563. doi:10.1063/1.1747540. 



  4. ^ Parr, R. G. (1990年). “On the genesis of a theory”. Int. J. Quantum Chem. 37 (4): 327–347. doi:10.1002/qua.560370407. 


  5. ^ Chen, T. C. (1955年). “Expansion of Electronic Wave Functions of Molecules in Terms of 'United‐Atom' Wave Functions”. J. Chem. Phys. 23 (11): 2200–2201. doi:10.1063/1.1740713. 


  6. ^ Roothaan, C. C. J. (1958年). “Evaluation of Molecular Integrals by Digital Computer”. J. Chem. Phys. 28 (5): 982–983. doi:10.1063/1.1744313. 




関連項目



  • 分子軌道法

  • 経験的分子軌道法

  • 半経験的分子軌道法

  • 密度汎関数法




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