国語ローマ字
国語ローマ字(こくごろーまじ、簡体字: 国语罗马字; 繁体字: 國語羅馬字、国語ローマ字:Gwoyeu Romatzyh)は、1928年に中華民国で制定された、ラテン・アルファベットによる中国語の発音記号である。現在は公式には使われていない。中国語では「国羅」、英語では「GR」と略されることもある。
記号や数字を使わずに声調を表すことのできる点に特徴がある。
目次
1 歴史
2 現状
3 表記
3.1 声母(音節頭子音)
3.2 韻母
3.2.1 介母のないもの
3.2.2 介母 /i/ のあるもの
3.2.3 介母 /u/ のあるもの
3.2.4 介母 /y/ のあるもの
3.2.5 r化
3.3 声調
3.4 分かち書き
3.5 特殊な綴り
4 脚注
5 参考文献
歴史
中華民国では標準語である「国語」や国語の標準音である「国音」の普及につとめていたが、1918年に公布された国音の発音記号は「国音字母」(のちに「注音符号」と名前を変える)という独特の文字であった。しかし銭玄同から国音字母に加えてローマ字つづりも加えよという提案がなされた[1]。それ以降、銭玄同・趙元任・劉復・黎錦熙・汪怡らによって国語ローマ字が作られた。国民革命後の1928年には国語ローマ字が「国音字母第二式」として正式に認められた。国音字母が1930年に「注音符号」と名を改めたため、国語ローマ字も「注音符号第二式」と呼ばれるようになった。『国音常用字彙』(1932年)や『国語辞典』(1945年)には、注音符号(第一式)と並んで国語ローマ字も記された。
声調の違いを綴りの上で表す案は林語堂によるものだという[2]。
中華人民共和国では拼音を正式なローマ字つづりと定めたため、国語ローマ字は使われていない。
台湾では、国語ローマ字は形式的には注音符号第二式として残っていたが、実際にはあまり使われていなかった。1986年には国語ローマ字の声調による綴りわけを除き(拼音と同じ方式に変更)、韻の書き方を少し変えた方式を「国語注音符号第二式」として制定した。これによって国語ローマ字は正式に廃止された。なお、国語注音符号第二式自身あまり普及せず、2002年には通用拼音に置き換えられ、さらに2008年には中華人民共和国と同じ拼音を使うようになった。
現状
現在は国語ローマ字は基本的に使われていないが、いくつかの固有名詞の綴りに国語ローマ字の影響を見ることができる。
例えば、陝西を山西と区別するために Shaanxi と綴るが、この shaan の部分は国語ローマ字の綴りである。
趙元任の教科書『Mandarin Primer』(1948年)および文法書『A Grammar of Spoken Chinese』(1968年)が国語ローマ字で書いてあるため、これらを使って中国語を学習した人々には国語ローマ字は親しいものとなっている。
表記
国語ローマ字は、ラテン・アルファベットのみを用い(v x の2字を除く)、アクセント記号の類は用いない。
以下は Chao (1948) pp.19-32 による。
声母(音節頭子音)
国語ローマ字 | b | p | m | f | d | t | n | l | g | k | h | j | ch | sh | j | ch | sh | r | tz | ts | s |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
拼音 | b | p | m | f | d | t | n | l | g | k | h | j | q | x | zh | ch | sh | r | z | c | s |
IPA | b̥ | pʰ | m | f | d̥ | tʰ | n | l | ɡ̊ | kʰ | x | d̥ʑ̥ | tɕʰ | ɕ | d̥ʐ̥ | tʂʰ | ʂ | ʐ | ʣ̥ | tsʰ | s |
- j, ch, sh の 3つは後ろに i (声調による綴りの変化前の形で)が続いたときに拼音の j q x を、それ以外のときには拼音の zh ch sh を表す。
韻母
介母のないもの
国語ローマ字 | y | a | o | e | ai | ei | au | ou | an | en | ang | eng | ong | el |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
拼音 | (i) | a | o | e | ai | ei | ao | ou | an | en | ang | eng | ong | er |
IPA | ʐ̩, z̩ | a | o | ɤ | aɪ | eɪ | aʊ | oʊ | an | ən | ɑŋ | ɤŋ | ʊŋ | ɚ |
- y は拼音でいう zhi chi shi ri zi ci si の i に相当する。
介母 /i/ のあるもの
国語ローマ字 | i | ia | ie | iai | iau | iou | ian | in | iang | ing | iong |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
拼音 | i | ia | ie | - | iao | iu | ian | in | iang | ing | iong |
IPA | i | ia | ie | iaɪ | iaʊ | ioʊ | iɛn | in | iɑŋ | iŋ | iʊŋ |
介母 /u/ のあるもの
国語ローマ字 | u | ua | uo | uai | uei | uan | uen | uang | ueng |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
拼音 | u | ua | uo | uai | ui | uan | un | uang | ueng |
IPA | u | ua | uo | uaɪ | ueɪ | uan | uən | uɑŋ | uɤŋ |
介母 /y/ のあるもの
国語ローマ字 | iu | iue | iuan | iun |
---|---|---|---|---|
拼音 | ü | üe | üan | ün |
IPA | y | yɛ | yan | yn |
r化
r化は、-l をつけることによって表す。
例: ge'l (gēr 歌児) gel (gēnr 根児) tial (tiānr 天児) miengl (míngr 明児)
声調
国語ローマ字の大きな特徴は声調を綴りの中に組み込んであることである。
- 第一声: 何も変更しない。
- 第二声: 介母 i u があるときは、それを y w に変える。単独の i u は yi wu に変える。介母がないときは母音のあとに r を加える。
- 例: bye (bié 別), shyue (xué 学), hwei (huí 回), berng (béng 甭)
- 第三声: 母音が i u を含む複数文字からなるときは、それを e o に変える。ないときは母音字を重ねる。ただし、ei/ie・ou/uo の場合は区別がつかなくならないように母音を重ねる。なお、声母がゼロのときは、綴りを変える前に i で始まっていた場合は y を、u で始まっていた場合は w を追加する。ただし ie/uo は yiee/wuoo ではなく yee/woo になる。
- 例: yeu (yǔ 語), jeou (jiǔ 九), goei (guǐ 鬼), ae (ǎi 矮), chao (chǎo 炒), jiing (jǐng 井), geei (gěi 給), suoo (suǒ 鎖)
- 第四声: 韻尾 i u n ng l があるときは、それを y w nn nq ll に変える。韻尾がないときは最後に h を加える。なお、声母がゼロのときは、音節の最初の i/u を y/w に変える。ただし母音字がひとつしかない場合は、 i/u を yi/wu に変える。
- 例: geh (gè 箇), ay (ài 愛), baw (bào 報), ann (àn 岸), shanq (shàng 上)
- 軽声: 前に . をつける。
- 例: kann.chu.lai (kànchulai 看出来)
ただし、例外として声母が l m n r で始まっているときは、綴りを変えないと第二声になる。第一声は声母の後ろに h を加えることで表す。
分かち書き
基本的に単語はつづけ書きにする。紛らわしい場合は mian'ao (綿襖) のようにアポストロフィを使用して音節を区切る。
特殊な綴り
いくつかの特例がある。
- 「羅馬」という言葉は Roma と綴る。
- 「一」と「不」は常に i, bu と綴る[3]。
脚注
^ 倉石武四郎 『漢字の運命』 岩波新書、1952年、1979年21刷、97-102頁。
^ Chao (1948) p.11
^ Chao (1948) p.107
参考文献
Yuen Ren Chao (1948). Mandarin Primer. Harvard University Press.