飯田線

























































































JR logo (central).svg 飯田線

シンボルマーク

特急「伊那路」(中部天竜駅)
特急「伊那路」(中部天竜駅)

基本情報
国
日本の旗 日本
所在地
愛知県、静岡県、長野県
起点
豊橋駅
終点
辰野駅
駅数
94駅
路線記号
CD
開業
1897年7月15日
全通
1937年8月20日
ルート変更
1955年11月11日
所有者
東海旅客鉄道(JR東海)
運営者
東海旅客鉄道(全線 第1種鉄道事業者)
日本貨物鉄道(JR貨物)
(豊橋-豊川間、元善光寺-辰野間 第2種鉄道事業者)
使用車両
使用車両の節を参照
路線諸元
路線距離
195.7 km
軌間
1,067 mm
線路数
複線(豊橋-豊川間)
単線(上記以外)
電化方式
直流1,500 V
架空電車線方式
最大勾配
40 ‰
保安装置
ATS-PT
最高速度
85 km/h



路線図

鉄道路線図 JR飯田線.svg
テンプレートを表示





飯田線(いいだせん)は、愛知県豊橋市の豊橋駅と長野県上伊那郡辰野町の辰野駅を結ぶ東海旅客鉄道(JR東海)の鉄道路線(地方交通線)である。




目次






  • 1 概要


    • 1.1 路線データ




  • 2 名鉄との共用区間


  • 3 運行形態


    • 3.1 東三河地区(豊橋駅 - 本長篠駅間)


    • 3.2 三遠南信地区(本長篠駅 - 天竜峡駅間)


    • 3.3 伊那地区(天竜峡駅 - 辰野駅間)




  • 4 使用車両


    • 4.1 現在の使用車両


    • 4.2 過去の使用車両




  • 5 歴史


    • 5.1 豊橋駅 - 三河川合駅間


      • 5.1.1 豊川鉄道


      • 5.1.2 鳳来寺鉄道




    • 5.2 三河川合駅 - 天竜峡駅間


      • 5.2.1 三信鉄道




    • 5.3 天竜峡駅 - 辰野駅間


      • 5.3.1 伊那電車軌道→伊那電気鉄道




    • 5.4 国有化後


    • 5.5 民営化後


    • 5.6 優等列車の沿革




  • 6 佐久間ダム建設に伴う路線変更


    • 6.1 概要


    • 6.2 難工事の数々


      • 6.2.1 第6水窪川橋梁


      • 6.2.2 第一久頭合トンネル






  • 7 駅一覧


    • 7.1 廃止区間


    • 7.2 廃駅


    • 7.3 過去の接続路線




  • 8 脚注


  • 9 参考文献


  • 10 関連項目


  • 11 外部リンク





概要


開業・ダム建設輸送・戦時国有化・国鉄分割民営化と、折々の時代の要請の中で愛知県、静岡県、長野県に跨る険しい山岳地帯を貫き全通を果たし、現在も東三河・天竜・中南信の都市農山村を結ぶ路線。起点の豊橋駅から終点の辰野駅を経て長野県の上諏訪駅まで各駅停車で直通する列車もあり、豊橋駅から辰野駅までは約6時間かかるが、一度も乗り換えることなく行くことができる。1983年までは旧形国電の宝庫として鉄道ファンの注目を集めたが、現在でも天竜川の険しい渓谷を縫うように走る車窓風景や、小和田駅や田本駅などのいわゆる秘境駅の存在から、鉄道ファンや旅行者に人気のある路線である。


もともと直結した4社の私鉄路線(豊川鉄道・鳳来寺鉄道・三信鉄道・伊那電気鉄道)を戦時国有化・統合したことで成立した路線であり、駅はほぼ開通時の沿線集落ごとに設けられている。このため駅間距離が旧国鉄の地方路線としてはとても短いのが特徴で、全長195.7km中に起終点を含めて実に94の駅がある[1]。それらの平均駅間距離は約2.1kmと大都市の市街地路線並みであり、また地方鉄道の簡易な規格で建設されたことから速度は低く、急カーブや急勾配も多く見られる。中でも赤木駅 - 沢渡駅間の勾配は40‰で、信越本線の横川駅 - 軽井沢駅間(碓氷峠)が廃止された後は、JR最急勾配となった。


豊橋駅 - 豊川駅間はIC乗車カード「TOICA」の利用エリアに含まれている[2]。


豊橋駅 - 豊川駅間は、沿線にある日本車輌製造豊川製作所で製造された車両の輸送に用いられており、2004年まではフル規格の新幹線車両も、在来線用の台車に交換したうえで、この区間を通過していた。



路線データ



  • 管轄・路線距離(営業キロ):

    • 東海旅客鉄道(第一種鉄道事業者):
      • 豊橋駅 - 辰野駅間 195.7 km



    • 日本貨物鉄道(第二種鉄道事業者):

      • 豊橋駅 - 豊川駅間 (8.7 km)

      • 元善光寺駅 - 辰野駅間 (61.9 km)






  • 軌間:1067mm

  • 駅数:94駅(起終点駅含む)

  • 複線区間:


    • 複線:豊橋駅 - 豊川駅間(豊橋駅 - 平井信号場間は名鉄名古屋本線と共用。詳細は後述)


    • 単線:豊川駅 - 辰野駅間



  • 電化区間:全線電化(直流1500V)


  • 閉塞方式:自動閉塞式(特殊)(豊川駅 - 辰野駅間)

  • 保安装置:ATS-PT(豊橋駅 - 平井信号場間はM式ATSを併設)

  • 最高速度:85 km/h


  • 運転指令所:東海総合指令所


全線がJR東海東海鉄道事業本部の直轄である。ただし辰野駅は東日本旅客鉄道(JR東日本)が鉄道資産を保有し、上り場内信号機が資産上の境界となっている。



名鉄との共用区間


豊橋駅 - 豊川駅間の複線区間のうち、豊橋駅 - 平井信号場間は名古屋鉄道(名鉄)名古屋本線と共用しており、JR東海が所有する下り線を飯田線と名鉄名古屋本線の下り列車(中部天竜・名鉄岐阜方面行)が通り、名鉄が所有する上り線を同名古屋本線と飯田線の上り列車(豊橋方面行)が通る。これは、1927年6月に愛知電気鉄道(名鉄名古屋本線の前身)の豊橋延長に際し、豊川鉄道(飯田線大海駅以南の前身)と線路共用を行う協定が結ばれ、これが現在にまで踏襲されているものである。この区間にある船町駅と下地駅には名鉄の列車は停車しない。


共用区間の運行管理は上下線ともJR東海が行っており、基本的に飯田線列車の運行が優先され、名鉄名古屋本線の列車は1時間に最大6本に制限されている。制限速度も85km/h以下に抑えられ、遅延が長引くと入線できず、伊奈駅以西で折り返すことがある。また名鉄のミュージックホーンも電子警笛を認めないJR東海の規定が優先されるため、使用されない。



運行形態


優等列車については、1996年3月16日に登場した特急「伊那路」が、豊橋駅 - 飯田駅間に1日2往復運転され、飯田駅 - 辰野・長野方面には快速「みすず」が運転されている。


普通列車については、飯田線全線を約6 - 7時間かけて走り抜く直通列車もあるが、列車の運行区間はおおむね、豊橋近郊の東三河地区、本長篠駅から中部天竜駅を経て天竜峡駅に至る急峻な3県県境越えの三遠南信、および飯田・伊那周辺の伊那谷の3区間に分けられる。


また、中部天竜駅 - 天竜峡駅間をのぞく区間では一部の普通列車でワンマン運転が行われている。このうち、北部の天竜峡駅 - 辰野駅間については2001年3月から119系電車にワンマン対応工事を施した上でワンマン運転が開始され、2007年3月以降は辰野駅から先の中央本線岡谷駅までワンマン運転を行っている。また、南部の豊橋駅 - 中部天竜駅間についても313系3000番台電車の導入を機に2012年3月17日のダイヤ改正からワンマン運転が行われている。


なお、飯田駅 - 駒ケ根駅間などでは普通列車では珍しく昼間に弁当が車内販売されていたが、2004年1月をもって廃止された。


1960年代から1980年代の国鉄時代の末期に、新宿駅・長野駅・名古屋駅などとの間に直通急行列車が4両から7両編成で走っていたが、中央自動車道が全通し、これを経由する高速バス(中央高速バス・中央道高速バス)が設定されると利用客数が激減したため廃止された。



東三河地区(豊橋駅 - 本長篠駅間)


東三河の市街区間であり、飯田線では最も旅客輸送の盛んな区間である。


1時間あたり豊橋駅 - 豊川駅間が4本(15分間隔)、豊川駅 - 本長篠駅間は1 - 2本程度(30 - 60分間隔)で運行されている。初詣シーズンなどは豊川稲荷への参詣輸送も行われる。2012年3月17日のダイヤ改正からこの区間の一部列車でワンマン運転が行われている。


2006年9月30日までは朝夕に本長篠駅・新城駅と東海道本線名古屋方面との間で直通列車が運行されていた。1999年12月3日までと翌4日から2006年9月30日までとではパターンが異なっていた。前者は新城行きの片道のみの設定で、1991年より夕方に当時の大垣電車区に配属されていた211系5000番台3両編成を使用し、東海道線内は普通、飯田線内は快速として運転されていた。後者は大垣区の313系300番台2両編成(豊橋駅で増解結し、東海道線内は4または6両編成で運転)を使用し、前者の場合とはほぼ逆に、東海道線内は主に特別快速(一部新快速)、飯田線内では下りは小坂井駅 - 本長篠駅間、上りは牛久保駅 - 本長篠駅間を各駅停車として運転されていた(豊橋駅 - 小坂井駅または牛久保駅間はノンストップ)。本長篠駅までの直通列車が設定されるようになったのはこの時からである。その後、2006年10月1日のダイヤ改正で東海道線との直通列車が全廃され、それ以降は全列車が豊橋駅での折り返しとなっている。また、過去には初詣シーズンの昼間に東海道線の新快速が豊川駅まで延長運転されたこともある。この時は飯田線内ではノンストップで運転されていた。



三遠南信地区(本長篠駅 - 天竜峡駅間)


宇連川・天竜川沿いの小町村・小集落を縫って走る急峻な山岳路線である。列車は豊橋方面との直通が多いが、一部は豊橋駅 - 中部天竜駅または水窪駅間および飯田駅・天竜峡駅 - 平岡駅間の区間運転となり、列車はおおむね朝夕1時間1本、日中は2 - 3時間程度間隔が開く。愛知・静岡・長野の3県にまたがる区間で沿線人口も少ないため、この区間を通しで普通列車に乗車する利用者は少ない。2012年3月17日のダイヤ改正から本長篠駅 - 中部天竜駅間の一部列車でワンマン運転が行われているが、中部天竜駅 - 天竜峡駅間では全列車に車掌が乗務している。中部天竜駅 - 水窪駅間には、川の対岸に渡らず戻ってくる通称S字橋こと第六水窪川橋梁がある。水窪駅 - 天竜峡駅間には秘境駅と呼ばれる駅もいくつか存在する。


かつて1987年から2006年まで、行楽シーズンに豊橋 - 中部天竜間でトロッコ列車「トロッコファミリー号」が運転されていた。その後も2009年春から中部天竜駅前にあった佐久間レールパークの閉園まで、同区間で臨時快速列車「佐久間レールパーク号」が運転されていたが、こちらは名古屋駅からの東海道本線直通列車であった(ただし、2009年11月1日運転の「佐久間レールパークフィナーレ号」は豊橋駅 - 中部天竜駅間のみの運転)。



伊那地区(天竜峡駅 - 辰野駅間)




辰野駅付近の路線図


おおむね1時間に1本が運転され、飯田市・駒ヶ根市・伊那市などの南信地方主要都市を結んでいる。この区間の一部列車ではワンマン運転が行われている。


特急「伊那路」のほかは普通列車と一部の快速列車の運行であるが、一時期、臨時特急「ふれあい伊那路」が豊橋方面から駒ケ根駅まで運行されていた[3]。


普通列車は朝の上り1本・夜の下り1本が辰野駅始発・終着である以外は中央本線の岡谷駅まで直通しており、中央本線の辰野駅 - 岡谷駅間は飯田線と一体の運行になっている。一部列車はさらに岡谷駅より先の中央本線上諏訪駅または茅野駅まで直通する。また、岡谷駅からみどり湖駅・塩尻駅を経由し、篠ノ井線と直通する列車として、飯田駅 - 長野駅間および松本駅 - 飯田駅間に「みすず」や、天竜峡駅 - 松本駅間および長野駅・松本駅 - 飯田駅間直通の普通列車が運転されており、「みすず」は飯田線内で快速運転を行う。塩尻・篠ノ井線方面との直通列車はすべて岡谷駅・みどり湖駅経由で、信濃川島駅・小野駅を経由する列車はない。



使用車両



現在の使用車両


すべて電車で運転されている。




  • 211系 - JR東日本長野総合車両センター所属(N編成)
    • 飯田駅以北でのみ運用。過去には1990年 - 1999年にJR東海所属の211系が飯田線内で運用があったほか、2009年11月1日の「佐久間レールパークフィナーレ号」でもJR東海所属の211系が使用されている。



  • 213系 - 大垣車両区所属(H編成)


  • 313系 - 大垣車両区所属(Y30編成・R100編成・Z編成)、神領車両区所属(B150編成)


  • 373系 - 静岡車両区所属(F編成)
    • 特急「伊那路」、臨時急行「飯田線秘境駅号」、臨時急行「駒ヶ根トレイン」のほか、特急「伊那路」の間合い運用として一部の普通で運用。



飯田線において2両編成の車両で車掌が乗務する列車は、運転士がドアの開閉操作を行うため、駅に到着してもすぐにドアは開かない。これは車掌が無人駅(夜間が無人となる有人駅を含む)で乗車券を回収するためである。3両以上の編成の列車は車掌がドアの開閉操作を行う。


JR東海では2012年度までに313系120両の投入を進めており、その玉突き転配で神領車両区から大垣車両区に転属した213系5000番台や313系3000番台が2011年11月から2012年3月にかけて飯田線に導入された。213系5000番台は2扉車で、飯田線南部で普通列車に2扉車が定期運用されるのは、1989年に運用終了した165系以来22年ぶりのことである。これにより、119系の運用は2012年3月に終了した。


また、2018年9月-12月の愛知デスティネーションキャンペーンの開催に合わせて運転される臨時列車では、以下の車両の使用が予定されている[4]。




  • 313系8000番台(「名古屋おもてなし武将隊」ラッピング車両) - 快速「未来クリエイター☆信長号」(2018年9月30日・10月6日)。


  • キハ75形気動車 - 快速「おいでん奥三河号」(2018年11月23日・24日)



過去の使用車両




旧形国電末期の編成例 クモハ53008+クハ47009+クモニ83形100番台+クモニ13形


かつて、飯田線はいわゆる旧形国電や旧形電気機関車が残存することで知られていた。山岳勾配線区のため、旧形国電の電動車はMT30モーター搭載車が多かったようにいわれるが、ほとんど各駅停車ばかりで最高速度75km/h(当時)程度では出力の差はさほど影響せず、実際は多数在籍していたMT15モーター搭載車と共通に運用されていた。「流電」クモハ52形や「合いの子[5]」クモハ53形が有名であるが、両数的には51系(クモハ51またはクモハ54+クハ68)が主力であり、同系のクハユニ56形やクモハユニ64形も含めて1983年の完全新性能化まで残っていた。国鉄編入前から既に電化されていたため、臨時列車や団体列車、気動車で運転していた一部の中央本線の急行と併結運転していた急行・準急列車以外で気動車やディーゼル機関車が走ったことは少ない。旧形国電における塗色の変遷は、一般車は1968年頃までぶどう色2号、快速用車は1952年からクリームとマルーンの「初代快速色」(17m車に採用)、1957年から黄かん色と青2号の「静鉄快速色」(20m車のみに採用)、1964年から「湘南色」(1961年の準急「伊那」新設に伴い戦前形を使用した快速は廃止されたが、旧快速用の2扉車を中心とした4両貫通編成に充当される車のみ湘南色とされた。)、1968年以降は全車クリーム1号と青15号の「スカ色」の順だった(1978年転入の80系300番台のみ例外で「湘南色」のまま運用された)。



  • 電車

    • 30系

    • 31系

    • 32系

    • 40系

    • 42系

    • 50系

    • 51系


    • 52系(流電)


    • 62系(初代)

    • 70系


    • 80系 -1971年から1978年まで、サハ87001がスカ色で流電の中間車として在籍。クモニ83形100番台(転入直後はクモユニ81形)は1968年から1983年の在籍期間を通してスカ色。 1978年から1983年まで湘南色の300番台を運用。また1972年までは準急、急行として乗り入れる。


    • 115系 - 2014年まで運用。


    • 119系 - 大垣車両区所属(E,R,M編成)1983年から2012年まで運用。

    • 145系・147系


    • 153系 - 165系サハ代用。


    • 165系・169系 - 1998年まで運用。


    • 311系 - 臨時列車のみ。


    • 381系 - 臨時列車のみ。


    • 117系 - 大垣車両区所属(S編成)臨時列車のみ。






  • 気動車


    • キハ58系 - 急行・準急列車、修学旅行列車など


    • キハ75形 - 臨時列車のみ。2009年11月1日の「佐久間レールパークフィナーレ号」、2013年11月9日・10日に豊川市で開催のB-1グランプリにおける臨時列車で運用。


    • キハ85系 - 団体臨時列車のみ[6]。



  • 電気機関車

    • ED18形

    • ED19形


    • ED31形(伊那電気鉄道デキ1形)


    • ED32形(伊那電気鉄道デキ10形)


    • ED33形(伊那電気鉄道デキ20形)

    • ED62形

    • EF10形

    • EF58形



  • ディーゼル機関車

    • DE10形:初期の「トロッコファミリー号」牽引や、保線作業などにも使用。現在甲種輸送などに使用されるのはJR貨物所属機。






国有化以前は以下の項目を参照。



  • 豊川鉄道・鳳来寺鉄道・田口鉄道の電車

  • 三信鉄道の電車

  • 伊那電気鉄道の電車



歴史


飯田線の経路は、伊那谷地域を経由して東海道本線と長野県を結ぶものであり、明治時代以来長い時間をかけて建設が進められたルートである。特に大正期以降に建設・延伸された区間については、この時代に中部山岳地帯各地において盛んに行われた水力発電所建設に伴う資材の輸送を担うべく延伸が促進されたものであり、合わせて早期に電化が行われる一因ともなった。



豊橋駅 - 三河川合駅間


豊橋駅 - 大海駅間は豊川鉄道が開通させた。1897年(明治30年)に最初の区間として豊橋駅 - 豊川駅間が開業、大海駅まで開通したのは1900年(明治33年)である。1925年(大正14年)に全線が電化され、翌年には名古屋からの路線を延ばしてきた愛知電気鉄道(名古屋鉄道の前身の一つ)が乗り入れを開始している。


大海駅 - 三河川合駅間は豊川鉄道傍系会社の鳳来寺鉄道により1923年(大正12年)に開業した。豊川鉄道と同年に電化されている。



豊川鉄道




  • 1897年(明治30年)


    • 7月15日:豊川鉄道 豊橋駅 - 豊川駅間(5M30C≒8.65 km)が開業。豊橋駅(国鉄と共有)・牛久保駅・豊川駅が開業。


    • 7月22日:豊川駅 - 一ノ宮駅間(2M3C≒3.28 km)が延伸開業。一ノ宮駅(現在の三河一宮駅)が開業。




  • 1898年(明治31年)


    • 3月13日:小坂井駅が開業。


    • 4月25日:一ノ宮駅 - 新城駅間(6M3C≒9.72 km)が延伸開業。東上駅・新城駅が開業。




  • 1899年(明治32年)


    • 10月19日:長山駅が開業。


    • 12月11日:豊橋駅から豊川鉄道の駅が吉田駅として分離。




  • 1900年(明治33年)


    • 9月23日:新城駅 - 大海駅間(3M74C≒6.32 km)が延伸開業し豊橋駅 - 大海駅間全通。大海駅が開業。


    • 11月7日:貨物支線 吉田駅 - 船町駅間(1M6C≒1.73 km)が開業。(貨)船町駅(初代)が開業。


    • 12月15日:川路駅(現在の三河東郷駅)が開業。




  • 1902年(明治35年)


    • 4月1日:貨物支線(吉田駅 - 船町駅間)と本線の分岐点に船町分岐点を設置。


    • 11月12日:MC表示からマイル表示に簡略化(吉田駅 - 大海駅間 17M30C→17.4M、吉田駅 - 船町駅間 1M6C→1.1M)。




  • 1903年(明治36年)3月15日:大海駅を長篠駅に改称。


  • 1914年(大正3年)1月1日:東新町駅が開業。


  • 1916年(大正5年)1月1日:一ノ宮駅を三河一宮駅に改称。


  • 1918年(大正7年)1月1日:野田城駅が開業。


  • 1925年(大正14年)

    • 7月:吉田駅 - 長篠駅間が電化。


    • 12月23日:下地停留場が開業。




  • 1926年(大正15年)

    • 4月1日:愛知電気鉄道が豊川鉄道の小坂井駅 - 豊川駅間に乗り入れ開始。

    • 4月2日:小坂井駅 - 豊川駅間が複線化。


    • 5月1日:茶臼山駅が開業。


    • 11月10日:江島渡停留場(現在の江島駅)が開業。




  • 1927年(昭和2年)6月1日:新船町停留場(現在の船町駅)開業。下地駅 - 小坂井駅間に平井信号所開設。愛知電気鉄道が豊川鉄道の吉田駅 - 平井信号所間の下り線に乗り入れ開始。


  • 1930年(昭和5年)4月1日:マイル表示からメートル表示に変更(吉田駅 - 長篠駅間 17.4M→28.0 km、吉田駅 - 船町駅間 1.1M→1.7 km)。


  • 1942年(昭和17年)5月12日:西豊川支線 豊川駅 - 西豊川駅間 (2.4 km) 開業。西豊川駅が開業。



鳳来寺鉄道




  • 1923年(大正12年)2月1日:鳳来寺鉄道 長篠駅(現在の大海駅) - 三河川合駅間(10.7M≒17.22 km)が開業。鳥居駅・鳳来寺駅(現在の本長篠駅)・三河大野駅・湯谷停留場・三河槙原駅・三河川合駅開業。


  • 1924年(大正13年)4月1日:長篠古城址駅(現在の長篠城駅)が開業。

  • 1925年(大正14年)7月:長篠駅 - 三河川合駅間が電化。


  • 1929年(昭和4年)


    • 5月5日:柿平停留場が開業。


    • 3月15日:鳳来寺駅の鳳来寺口駅への改称届出[7]。



  • 1930年(昭和5年)4月1日:マイル表示からメートル表示に変更(10.7M→17.2 km)。



三河川合駅 - 天竜峡駅間


三河川合駅 - 天竜峡駅間は三信鉄道によって開通した。鉄道会社が設立されたのは、鉄道が投機の対象となっていた1927年(昭和2年)であり、路線測量はその翌年4月から開始された。測量には、アイヌ民族の測量士で山地での測量技術に長けた川村カ子トらが高給で招聘されて従事した。ところが、1929年(昭和4年)には昭和恐慌が起こり、経済情勢が急変。だが、筆頭株主が東邦電力と天竜川電力という電力会社で、濃くなる戦雲の中、天竜川に国内エネルギー資源開発をもくろんでいた両社は、電源開発(発電所建設など)の資材や労働力運搬のため鉄道を使用しようとして、1929年(昭和4年)8月の天竜峡駅 - 門島駅間の着工後も工事は放棄されることなく、1930年(昭和5年)には南から三河川合駅 - 出馬駅間も着工した。しかし、中央構造線のもろい地層と、天竜川峡谷の断崖絶壁に阻まれて工事は難航。コスト削減のため、実際の土木工事は、ほとんど朝鮮半島から来た人々が担った。それでも会社の資金繰りは悪く、朝鮮人の労働者は労働争議に訴えてようやく不払いの賃金を一部だけ獲得するというありさまであり、もろい地層の工事にもかかわらず保安設備は劣悪で犠牲者が続出、恐れをなした朝鮮人労働者が現場から逃げ出し、近隣の農村に駆け込む事態も起こった。1931年(昭和6年)からとうとう工事は中断したが、三菱銀行などから多額の融資が得られ、この工事に生命をかけた飛島組の熊谷三太郎の工費を自分で立て替える熱意とあいまって、工事は再開された。このような紆余曲折と日本鉄道史に残る凄惨な工事の末、最後の大嵐駅 - 小和田駅間の開業でこの区間が全通したのは1937年(昭和12年)である(当初より電化)。これをもって、豊川鉄道の最初の区間が開業してから40年後、現在の飯田線である吉田駅(現在の豊橋駅) - 辰野駅間は全通、直通電車が走り始めた。なお、この難工事成功の実績により、熊谷三太郎は自立に成功、戦後に熊谷組として成長する地歩を築いた。



三信鉄道




  • 1932年(昭和7年)10月30日:三信鉄道 天竜峡駅 - 門島駅間 (8.3 km) 開業(直流1500V電化)。千代停留場・金野停留場・唐笠停留場・門島駅開業。


  • 1933年(昭和8年)12月21日:三河川合駅 - 三輪村駅間 (6.1 km) が開業。三輪村駅(現在の東栄駅)が開業。


  • 1934年(昭和9年)


    • 4月23日:三輪村駅の三信三輪駅への改称届出。


    • 11月11日:三信三輪駅 - 佐久間駅間 (11.1 km) が延伸開業。出馬駅・浦川駅・下川合駅・佐久間駅(現在の中部天竜駅)が開業。




  • 1935年(昭和10年)


    • 5月1日:早瀬停留場が開業。


    • 5月24日:佐久間駅を中部天竜駅(なかっぺてんりう)に改称。


    • 6月12日:三信上市場停留場の開業認可。


    • 11月15日:門島駅 - 温田駅間 (5.7 km) が延伸開業。田本停留場・温田駅が開業。




  • 1936年(昭和11年)


    • 4月26日:温田駅 - 満島駅間 (8.3 km) が延伸開業。我科停留場・満島駅(現在の平岡駅)が開業。


    • 8月19日:為栗停留場が開業。


    • 11月2日:池場停留場が開業。


    • 11月10日:中部天竜駅 - 天龍山室駅間 (7.2 km) が延伸開業。佐久間水窪口停留場(現在の佐久間駅)・豊根口停留場・天龍山室駅が開業。


    • 12月29日:天龍山室駅 - 大嵐駅間 (6.9 km) が延伸開業。白神停留場・大嵐駅が開業。


    • 12月30日:満島駅 - 小和田駅間 (10.2 km) が延伸開業。鶯巣停留場・伊那小沢駅・中井侍停留場・小和田駅が開業。




  • 1937年(昭和12年)


    • 3月1日:遠山口停留場が開業。


    • 8月20日:大嵐駅 - 小和田駅間 (3.1 km) が延伸開業し現在の飯田線が全通。




  • 1941年(昭和16年)


    • 2月7日:佐久間水窪口停留場を駅に変更[8]。


    • 11月15日:佐久間水窪口駅の佐久間駅への改称届出[8][9]。





天竜峡駅 - 辰野駅間


天竜峡駅 - 辰野駅間は伊那電気鉄道が開通させた。最初の開業区間は辰野駅(のちの西町駅) - 松島駅(現在の伊那松島駅)間で、当初の社名を「伊那電車軌道」と称したとおり、一部が併用軌道であった。しかし、軌道では大量輸送・高速化に適さないため、伊那松島駅 - 伊那町駅(現在の伊那市駅)間が専用軌道に移設され、全線が軌道法による軌道から地方鉄道法による鉄道に変更されたのは1923年(大正12年)、天竜峡駅 - 辰野駅間が全通したのは1927年(昭和2年)である。



伊那電車軌道→伊那電気鉄道




  • 1909年(明治42年)12月28日:伊那電車軌道 辰野駅 - 松島駅間が開業(軌道法に基づく軌道線)。辰野駅(初代、のちの西町駅)・宮木停留場・新町停留場・南新町停留場・神戸下停留場・羽場駅・沢停留場・大出停留場・追分停留場・松島駅(現在の伊那松島駅)が開業。


  • 1911年(明治44年)


    • 2月22日:松島駅 - 木ノ下駅間が延伸開業。木ノ下駅開業。


    • 11月3日:木ノ下駅 - 御園駅間が延伸開業。久保停留場・塩ノ井停留場・北殿駅・南殿停留場・田畑停留場・神子柴停留場・御園停留場が開業。




  • 1912年(明治45年)


    • 1月4日:御園駅 - 伊那北駅間が延伸開業。山寺停留場・伊那北駅が開業。


    • 5月11日:伊那北駅 - 伊那町駅間が延伸開業。入舟町停留場・伊那町駅(現在の伊那市駅)が開業。




  • 1913年(大正2年)12月27日:伊那町駅 - 宮田駅間(5.5M≒8.85 km)が開業(以降は1919年まで軽便鉄道法、同年以降は地方鉄道法に基づく鉄道線として開業)。小黒停留場・下島駅・唐木停留場・沢渡駅・音徳寺坂停留場・赤木駅・宮田駅が開業。


  • 1914年(大正3年)


    • 10月31日:宮田駅 - 赤穂駅間(2.2M≒3.54 km)が延伸開業。駒ヶ原停留場・大田切停留場・赤穂駅(現在の駒ケ根駅)が開業。


    • 12月26日:赤穂駅 - 伊那福岡駅間(1.6M≒2.57 km)が延伸開業。小町屋停留場・伊那福岡駅が開業。




  • 1915年(大正4年)7月24日[10]:伊那福岡駅 - 伊那福岡終点仮停留場間(0.4M≒0.64 km)が延伸開業。伊那福岡終点仮停留場が開業。


  • 1916年(大正5年)


    • 11月23日:辰野駅 - 西町駅間(軌道線)が開業し国鉄辰野駅に乗り入れ。辰野駅(初代)を西町駅に改称。


    • 12月19日:伊那福岡終点仮停留場が移転(+0.1M≒0.16 km)。




  • 1918年(大正7年)


    • 2月11日:伊那福岡終点仮停留場 - 飯島駅間(2.7M≒4.35 km)が延伸開業。伊那福岡終点仮停留場が廃止。田切停留場・伊那赤坂停留場・飯島駅が開業。


    • 7月23日:飯島駅 - 七久保駅間(3.4M≒5.47 km)が延伸開業。伊那本郷駅・七久保駅が開業。

    • 10月1日:駒ヶ原停留場が廃止[11]。


    • 12月12日:七久保駅 - 高遠原停留場間(1.0M≒1.61 km)が延伸開業。高遠原停留場が開業。




  • 1919年(大正8年)


    • 6月14日:高遠原停留場を駅に変更認可。


    • 8月20日:伊那電車軌道が伊那電気鉄道に社名変更。




  • 1920年(大正9年)11月22日:高遠原駅 - 上片桐駅間(2.4M≒3.86 km)が延伸開業。伊那田島停留場・上片桐駅が開業。


  • 1922年(大正11年)7月13日:上片桐駅 - 伊那大島駅間 (2.4M) が延伸開業。伊那大島駅が開業。


  • 1923年(大正12年)


    • 1月15日:伊那大島駅 - 山吹駅間 (1.6M) が延伸開業。山吹駅が開業。


    • 3月13日:山吹駅 - 市田駅間(2.3M≒3.70 km)が延伸開業。下平停留場・市田駅が開業。


    • 3月16日:辰野駅 - 伊那松島駅間(5.4M≒8.69 km)を軌道から鉄道に変更し経路変更。松島駅を伊那松島駅に改称。辰野駅 - 伊那松島駅間の宮木停留場・新町停留場・南新町停留場・神戸下停留場・沢停留場・大出停留場・追分停留場廃止。伊那松島駅 - 伊那町駅間の久保停留場・塩ノ井停留場・南殿停留場・田畑停留場・御園停留場・山寺停留場廃止。西町駅・羽場駅が移転。沢駅が開業。


    • 3月18日:市田駅 - 元善光寺駅間(1.8M≒2.90 km)が延伸開業。下市田停留場・元善光寺駅が開業。


    • 3月21日認可:高遠原駅を停留場に変更。


    • 4月20日:南新町停留場が再開業。


    • 7月24日:宮木停留場が再開業。


    • 8月3日:元善光寺駅 - 飯田駅間(2.9M≒4.67 km)が延伸開業。桜町停留場・飯田駅が開業。

    • 10月ごろ:上郷停留場(現在の伊那上郷駅)が開業。


    • 11月21日:入舟停留場・神子柴停留場が廃止。


    • 12月1日:伊那松島駅 - 伊那町駅間(5.6M≒9.01 km)を軌道から鉄道に変更。田畑停留場が再開業。


    • 12月6日:小黒停留場・唐木停留場・音徳寺坂停留場が廃止。



  • 1924年(大正13年)5月20日:入舟町停留場が開業。

  • 1926年(大正15年)12月17日:飯田駅 - 伊那八幡駅間(3.6M≒5.80 km)が延伸開業。切石停留場・鼎駅・下山村停留場・伊那八幡駅が開業。

  • 1927年(昭和2年)


    • 2月5日:伊那八幡駅 - 毛賀終点仮停留場間(0.6M≒0.97 km)が延伸開業。毛賀終点仮停留場が開業。


    • 4月8日:毛賀終点仮停留場 - 駄科駅間(0.9M≒1.45 km)が延伸開業。毛賀駅・駄科駅が開業。毛賀終点仮停留場が廃止。


    • 12月26日:駄科駅 - 天竜峡駅間(3.2M≒5.15 km)が延伸開業し天竜峡 - 辰野間全通。時又駅・開善寺前停留場・伊那川路駅(現在の川路駅)・天竜峡駅が開業。



  • 1930年(昭和5年)4月1日:マイル表示からメートル表示に変更(49.6M→79.8 km)。

  • 1934年(昭和9年):入舟町停留場を入舟停留場に改称。


  • 1935年(昭和10年)12月16日認可:上郷停留場を駅に変更。

  • 1936年(昭和11年)頃:上郷駅を伊那上郷駅に改称。



国有化後


伊那電気鉄道・三信鉄道・鳳来寺鉄道・豊川鉄道各社の鉄道路線が国有化され、飯田線となったのは1943年(昭和18年)である。鉄道路線を失った鳳来寺鉄道・豊川鉄道両社は翌年に名古屋鉄道に吸収合併された。


太平洋戦争最中の1942年(昭和17年)に、豊川にあった海軍工廠への物資輸送・通勤用に供するため、豊川鉄道が豊川駅 - 西豊川駅間の支線を開業した。戦後の1956年(昭和31年)に廃止され、海軍工廠跡にできた国鉄名古屋工場豊川分工場の専用線となり、さらに同工場廃止後は日本車輌製造豊川製作所の専用線として同所で製造された鉄道車両の搬出などに使われている。


なお、名古屋鉄道には名古屋本線の伊奈駅から分岐して飯田線の小坂井駅に至る小坂井支線が1926年(大正15年)から豊川線の開業する1954年(昭和29年)まで存在しており、愛知電気鉄道時代から小坂井駅 - 豊川駅間で豊川鉄道→飯田線との直通運転を行っていた。初詣シーズンには豊川稲荷への参拝客輸送のため、新名古屋駅(現在の名鉄名古屋駅)と近畿日本名古屋駅(現在の近鉄名古屋駅)の間に存在した連絡線を用いて近畿日本鉄道(近鉄)からの団体列車が乗り入れたこともあり、その他にも戦前には愛知電気鉄道・豊川鉄道・鳳来寺鉄道・三信鉄道の4社線直通を行った行楽列車の「天龍号」が、戦後には本長篠駅から分岐していた田口鉄道に乗り入れる紅葉狩り列車などが小坂井支線を使用して運行されていた。


1955年(昭和30年)には、佐久間ダムの建設により線路が水没するため、佐久間 - 大嵐間が水窪経由の新線に切り替えられた(詳細は「佐久間ダム建設に伴う路線変更」を参照)。




  • 1943年(昭和18年)8月1日:伊那電気鉄道・三信鉄道・鳳来寺鉄道・豊川鉄道の鉄道路線が買収され国有化。飯田線となる[12]。

    • 吉田駅を豊橋駅に統合。貨物支線 豊橋駅 - 船町駅間 (1.7 km) を廃止し、豊橋駅構内に統合。

    • 停留場を駅に変更。信号所を信号場に改称。

    • 新船町停留場を船町駅に、江島渡停留場を江島駅に、川路駅を三河東郷駅に、長篠駅を大海駅に、長篠古城址駅を長篠城駅に、鳳来寺口駅を本長篠駅に、三信三輪駅を三河長岡駅に、伊那川路駅を川路駅に、元善光寺駅を座光寺駅に、南新町停留場を伊那新町駅に改称。中部天竜駅の読みを「なかっぺてんりう」から「ちゅうぶてんりゅう」に変更。

    • 柿平停留場・池場停留場・三信上市場停留場・早瀬停留場・我科停留場・開善寺停留場・高遠原停留場・伊那赤坂停留場・大田切停留場・入舟停留場・西町駅が廃止。

    • 全線営業キロ修正で本線が0.4km延長。




  • 1946年(昭和21年)


    • 9月1日:高遠原駅・大田切駅が再開業。


    • 12月1日:池場駅・上市場駅・早瀬駅が再開業。




  • 1950年(昭和25年)


    • 2月15日:柿平駅が再開業。


    • 5月20日:座光寺駅を元善光寺駅に改称。




  • 1951年(昭和26年)8月1日:平岡ダム建設のため満島駅 - 為栗駅間経路変更(改キロなし)。同区間の遠山口駅が廃止。


  • 1952年(昭和27年)11月15日:満島駅を平岡駅に改称。


  • 1954年(昭和29年)11月10日:伊那町駅を伊那市駅に改称。


  • 1955年(昭和30年)

    • 4月:天竜峡駅 - 辰野駅間の架線電圧を1200Vから1500Vに昇圧(他の区間は電化当初から1500V)。


    • 11月11日:佐久間ダム建設のため佐久間駅 - 天龍山室駅 - 大嵐駅間 (13.3 km) が廃止。佐久間駅 - 水窪駅 - 大嵐駅間の新線 (17.3 km) が開業。相月駅・城西駅・向市場駅・水窪駅が開業。豊根口駅・天龍山室駅・白神駅が廃止。経路変更に伴い全線で営業キロ修正 (-0.3 km)。




  • 1956年(昭和31年)


    • 9月15日:西豊川支線 豊川駅 - 西豊川駅間が廃止。西豊川駅が廃止。


    • 12月20日:三河長岡駅を東栄駅に改称。




  • 1957年(昭和32年)

    • 8月17日:大嵐駅 - 小和田駅間の第一西山トンネル・高神沢橋梁の一部が地滑りにより佐久間湖に流出、復旧に1か月程の期間かかる。その間は、天竜川で船舶を用いた代行輸送を行ない、電源開発の巡視艇および青函連絡船の要員を手配した[13]。



  • 1959年(昭和34年)10月1日:赤穂駅を駒ケ根駅に改称。


  • 1961年(昭和36年)


    • 3月1日:名古屋駅 - 辰野駅間に準急「伊那」を新設。

    • 10月1日:新宿駅 - 天竜峡駅間に準急「天竜」を新設。11月からは長野編成併結。




  • 1963年(昭和38年)


    • 6月1日:新宿駅 - 飯田駅間に準急「赤石」を新設。


    • 12月17日:平井信号場を小坂井駅構内扱いとする。


    • 3月5日:準急「伊那」「天竜」「赤石」を急行化。




  • 1966年(昭和41年)3月25日:伊那田島駅 - 高遠原駅間に大沢信号場が開設。


  • 1967年(昭和42年)4月1日:豊橋駅 - 新城駅間の各駅のホームを6両編成対応へと延伸。


  • 1968年(昭和43年)10月1日:急行「赤石」と「天竜」の新宿編成を「こまがね」に改称。


  • 1972年(昭和47年)3月15日:急行「伊那」165系化、一部列車を7両編成で運転開始。


  • 1978年(昭和53年):「流電」クモハ52形など戦前形国電の多くが運用終了。代替には80系電車が転入。


  • 1982年(昭和57年)6月13日:鶯巣駅 - 平岡駅間の落石危険地帯迂回のためトンネル経由の新線に切替 改キロ (-0.2 km)。


  • 1983年(昭和58年)


    • 2月14日:119系電車が営業運転開始。


    • 2月24日:飯田駅 - 辰野駅間に列車集中制御装置 (CTC) を導入。80系電車運用終了(クモニ83形100番台を除く)。


    • 6月30日:戦前形旧形国電(クモニ83形100番台を含む)定期運用がこの日限り廃止。


    • 7月5日:急行「伊那」廃止。急行「天竜」の松本駅以南を快速化。




  • 1984年(昭和59年)

    • 2月24日:豊橋駅 - 飯田駅間に CTC を導入。

    • 6月1日:田切駅が豊橋駅方面に0.1km移転。




  • 1986年(昭和61年)11月1日:急行「こまがね」廃止。急行「天竜」を「かもしか」に改称、一部は快速「みすず」に格下げ。


  • 1987年(昭和62年)3月28日:豊橋駅 - 中部天竜駅間にトロッコ列車「トロッコファミリー号」が運転開始。



民営化後




  • 1987年4月1日:国鉄分割民営化により東海旅客鉄道が承継。日本貨物鉄道が豊橋駅 - 豊川駅間、元善光寺駅 - 辰野駅間の第二種鉄道事業者となる。豊川駅 - 元善光寺駅間の貨物営業廃止。


  • 1988年(昭和63年)

    • 2月1日:東海旅客鉄道静岡支社飯田線営業所が発足。


    • 3月13日:急行「かもしか」廃止。




  • 1989年(平成元年)4月13日:北殿駅にて列車衝突事故発生(負傷者138 - 157名)。


    北殿駅 (2009年)




  • 1990年(平成2年)3月1日:飯田線営業所を本社東海鉄道事業本部に移管、飯田支店に格上げ。


  • 1991年(平成3年)12月14日:湯谷駅を湯谷温泉駅に改称。


  • 1992年(平成4年)12月29日:豊橋駅 - 飯田駅間に臨時急行「伊那路」が新設。


  • 1996年(平成8年)


    • 3月16日:「伊那路」を定期特急化。


    • 9月30日:元善光寺駅 - 辰野駅間の貨物列車がこの日限りで運転終了。




  • 2001年(平成13年)


    • 3月3日:天竜峡駅 - 辰野駅間でワンマン運転開始[14]。

    • 4月1日:治水工事に伴う天竜峡駅 - 時又駅間の全面的な線路付替、改キロ (-0.1 km)[15]。




  • 2002年(平成14年)2月28日:「元祖ゲタ電号」、車両(クモハ12041)の廃車に伴い運転終了。


  • 2006年(平成18年)5月7日:「トロッコファミリー号」がこの日限りで運転終了。


  • 2010年(平成22年)3月13日:豊橋駅 - 豊川駅間でTOICA導入。


  • 2011年(平成23年)11月27日:213系5000番台電車投入。


  • 2012年(平成24年)


    • 3月17日:豊橋駅 - 中部天竜駅間でワンマン運転開始。

    • 3月31日:119系電車の運用がこの日限りで終了。




  • 2013年(平成25年)

    • 4月1日:鼎駅、元善光寺駅、沢渡駅、伊那北駅が無人化。飯島駅、駒ケ根駅、伊那松島駅が自治体による簡易委託化[16]。長野県内においてJR東海が管理する有人駅(直営駅)は、天竜峡駅、飯田駅、伊那市駅(およびJR東日本管轄の辰野駅)のみとなる[17]。


    • 9月16日:台風18号の影響で数箇所で土砂流入、路盤流失。門島駅 - 唐笠駅間の土砂流入量が大きく水窪駅 - 飯田駅間が不通となる[18]。特急「伊那路」が全区間で運休となる。


    • 9月17日:水窪駅 - 平岡駅間、天竜峡駅 - 飯田駅間が復旧[18]。平岡駅 - 天竜峡駅間でバス代行を開始。


    • 10月10日:平岡駅 - 天竜峡駅が復旧、9日限りでバス代行終了[19]。




  • 2018年(平成30年)3月:ラインカラー[20]及び豊橋駅 - 豊川駅間で駅ナンバリングを導入。当路線の路線コードは「CD」、ラインカラーはスカイブルー(豊橋駅は、既に付与されている名鉄名古屋本線の駅番号「NH01」と併記される)[21]。



優等列車の沿革


飯田線の優等列車の詳細な沿革については以下の項目を参照のこと。




  • 伊那路 - 豊橋方面からの列車(準急・急行「伊那」、急行・特急「伊那路」など)について


  • みすず - 長野方面からの列車(準急・急行「天竜」、急行「かもしか」、快速「みすず」)について


  • あずさ - 新宿方面からの列車(準急・急行「赤石」、急行「こまがね」)について



佐久間ダム建設に伴う路線変更


天竜川水系は、水量が豊富でなおかつ急流であるというダム建設に適した河川系であったために、戦前から数多くのダムが造られていた。戦後の経済復興にあわせた電力供給の拡充は経済発展の礎となるためにも急務とされ、その一環として、天竜川水系のうちダム建設に適した地形であった磐田郡佐久間町(現在の浜松市天竜区佐久間町)に発電用大型ダムの佐久間ダムが建設されることとなった。


佐久間ダムは、当時日本で最大規模の堤体と発電量を持つ巨大ダムであり、そのダムによって生成された人造湖(佐久間湖)は上流の泰阜発電所付近に至る全長33kmにもなり、当時天竜川左岸を走っていた飯田線の佐久間 - 大嵐間約18kmの部分がダム湖に水没するため、ダム建設に伴う補償としてこの水没区間の路線変更が行われた。




水没区間の土木構造物は佐久間湖の渇水期に湖面から現れる事がしばしばある。奥にもトンネルが見えている。旧天龍山室 - 旧白神間にて。



概要


佐久間ダムにより水没する部分は佐久間駅 - 大嵐駅間の約18 kmであり、この区間には豊根口駅、天龍山室駅、白神駅の3駅があったが、これらは線路共々廃止となった。


変更路線のプランは、「大入川線」「水窪線」の2ルートが計画された。このうち「大入川線」は、上市場駅から北方、天竜川右岸の山中に進路を取り、途中「大笹」「田鹿」「横林」の3駅を経由した後に大嵐駅に出るルートであった。一方、「水窪線」は、佐久間からトンネルで水窪川水系に出た後、秋葉街道沿いに水窪町まで北上、そこからトンネルで再び天竜川水系に戻り大嵐に至るという現在のルートである。2つのルートを比較すると、「大入川線」は、途中で掘削する長大トンネルはキビウトンネル(延長4,850 m)の一本だけで済むものの、曲線とトンネルが連続するなど線形が悪く、また途中の3駅は小和田駅のように人家もほとんどない山中に建設されるため利用客がほとんど見込めない上、現路線が経由している佐久間の町を経由しないという最大の欠点があった。一方、「水窪線」は、佐久間から秋葉街道および水窪を経由していくため、ある程度の利用客が見込めたが、峯トンネル(延長3,619 m)と大原トンネル(延長5,063 m)という2つの長大トンネルを掘削しなければならない上、この付近には中央構造線と天竜川断層という2つの断層地帯が走っており、難工事となることが予想された。


比較検討の結果、「水窪線」ルートでの路線変更が決定され、1953年(昭和28年)12月に着工された。前述したように、この付近は2つの断層地帯に挟まれたきわめて地盤の不安定な地域であったため、城西 - 向市場間のような工事の難航した箇所もあり、また、大原トンネルは当時の日本で十指に入る有数の長大トンネルであったが、関係者らの努力などもあって(大原トンネル掘削に際しては鉄道工事初の全断面掘削工法が採用され、12 m/日、260 m/月という掘削記録を樹立した)大きな事故もなく工事は終了した。1955年(昭和30年)11月11日には路線変更が行われ、豊根口、天龍山室、白神の旧線上の3駅が廃止になるとともに、新線に、相月、城西、向市場、水窪の4駅が新たに開業した。新線との合流地点となった大嵐駅はプラットホームの移動や構内配線の変更が行われ、また佐久間駅は路線変更に合わせて移転し、旧佐久間駅跡には佐久間発電所が建設されている。



難工事の数々


これまでも書いたように、路線変更後の新線沿線となる水窪川沿岸は、右岸(天竜川とを隔てる山系)に中央構造線、左岸に天竜川断層と2つの断層地帯に挟まれた部分を通っており、飯田線付替線建設工事に際してもこれらの断層地帯に起因した不安定な地盤に悩まされた。



第6水窪川橋梁
















水窪川の対岸に近接するまで山肌を迂回するS字橋の第6水窪川橋梁(1990年1月2日撮影)


第6水窪川橋梁(S字橋)を渡り、城西から向市場へ向う列車(1990年1月2日撮影)

水窪川の対岸に近接するまで山肌を迂回するS字橋の第6水窪川橋梁(1990年1月2日撮影)



第6水窪川橋梁(S字橋)を渡り、城西から向市場へ向う列車(1990年1月2日撮影)




「渡らずの橋」や「S字橋」と称され今や飯田線名物の一つとなっている第6水窪川橋梁(城西駅 - 向市場駅間)であるが、これは不安定な地盤を考慮した結果である。


本来、飯田線は城西駅 - 向市場駅間のこの箇所を水窪川左岸側に穿った全長45 mの向皆外トンネルで抜ける予定であった。向皆外トンネルは1954年(昭和29年)2月に着工され同年6月に貫通したものの、その後の降雨や台風の影響により坑内のアーチ、側壁のコンクリートに剥脱が生じ始め、ついで地盤の変化によるトンネル中心線の移動や断面の変形が発生し、ついにはトンネル周辺の地山全体が水窪川に向かって滑り始めたため、放棄せざるを得ないと判断された。向皆外トンネルが放棄されたことにより、代替のトンネルをより奥に掘削することも検討されたが、工期や工費に余裕がないことや、この付近の地山自体が天竜川断層に近く不安定であることから、たとえ掘削しても「第二の向皆外トンネル」となる可能性も否定できなかったため、最終的には水窪川上にU字形の橋梁を建設し、不安定な箇所を迂回する方法が取られた。


こうして建設された第6水窪川橋梁は、総延長400.7 m、半径250 mとなった。対岸に近い箇所まで大きく「迂回」しているのは、向皆外トンネルのある部分の地山がさらなる大崩壊を起こした場合に備えてのことである。



第一久頭合トンネル


不安定な地盤の影響を受けたのは、放棄された向皆外トンネルだけではなかった。同じ城西駅 - 向市場駅間、向皆外トンネルの先に建設された第一久頭合トンネルも完成はしたものの、同様の地山の地殻変動により廃棄の危険性が生じていた。


ただ、第一久頭合トンネルが幸いだったのは、トンネル全体が損傷を受けた向皆外トンネルと異なり、危険箇所となったのは城西側坑口付近のみであったため、より城西側からトンネルを再掘削して第一久頭合トンネル内部につなげ、危険箇所周辺部分のみを放棄することで済んだことである。


なお、この放棄された部分は埋め戻されることがなかったため、第一久頭合トンネルは珍しいY字状のトンネルとなっている。



駅一覧


便宜上、辰野駅から多くの列車が直通する中央本線岡谷駅までの区間を記載する。




  • 標高の単位は m(メートル)。

  • 駅名 … ◇:貨物取扱駅(定期貨物列車の発着なし)

  • 停車駅

    • 特急以外の各種別…●印の駅は全列車停車、|・↓・↑印の駅は全列車通過(↓↑はその方向のみ運行)

      • 普通…○印の駅は一部列車通過

      • 「みすず」

        • ▼印の駅は下り方向の列車(辰野駅方面行)が停車・上り方向の列車(飯田駅方面行)は通過

        • ▲印の駅は上り方向の列車(飯田駅方面行)が停車・下り方向の列車(辰野駅方面行)は通過



      • 天竜峡駅 - 豊橋駅間の快速は、実際は駒ケ根駅始発であるが、駒ケ根駅 - 天竜峡駅間は普通列車として運転



    • 特急…「伊那路 (列車)」参照



  • 線路 … ∥:複線区間、◇・|:単線区間(◇は列車交換可能)、∨:ここより下は単線




  • 駅番号は2018年3月より導入[21]。






































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































所属会社
路線名
駅番号
駅名
駅間営業キロ
累計営業キロ
標高
普通
快速
みすず
接続路線・備考
線路
所在地
JR東海

飯田線
CD00

豊橋駅
-
0.0
 
●
●
 

東海旅客鉄道:■東海道新幹線・CA 東海道本線〈浜松方面・名古屋方面〉
名古屋鉄道:NH 名古屋本線
豊橋鉄道:渥美線(新豊橋駅)
豊橋鉄道:東田本線(駅前停留場)
∥

愛知県

豊橋市
CD01

船町駅
1.5
1.5
 
○
↑
 
 
∥
CD02

下地駅
0.7
2.2
 
○
↑
 
 
∥
-

平井信号場
-
3.9
 
|
↑
 
(名鉄名古屋本線との施設上の分岐点。停車場としては小坂井駅構内の扱い)
∥

豊川市
CD03

小坂井駅
2.2
4.4
 
●
●
 
 
∥
CD04

牛久保駅
2.2
6.6
 
●
●
 
 
∥
CD05

豊川駅◇
2.1
8.7
 
●
●
 
名古屋鉄道:TK 名鉄豊川線 …豊川稲荷駅
∨
-

三河一宮駅
3.3
12.0
 
●
●
 
 
◇
-

長山駅
2.4
14.4
 
●
●
 
 
◇
-

江島駅
1.0
15.4
 
●
●
 
 
|
-

東上駅
1.6
17.0
 
●
●
 
 
◇
-

野田城駅
2.7
19.7
 
●
●
 
 
◇

新城市
-

新城駅
1.9
21.6
 
●
●
 
 
◇
-

東新町駅
1.0
22.6
 
●
●
 
 
|
-

茶臼山駅
1.2
23.8
 
●
●
 
 
|
-

三河東郷駅
1.2
25.0
 
●
●
 
 
◇
-

大海駅
2.9
27.9
 
●
●
 
 
◇
-

鳥居駅
1.4
29.3
 
●
↑
 
 
|
-

長篠城駅
1.5
30.8
 
●
↑
 
 
|
-

本長篠駅
1.3
32.1
 
●
●
 
 
◇
-

三河大野駅
3.5
35.6
 
●
●
 
 
◇
-

湯谷温泉駅
2.4
38.0
 
●
●
 
 
|
-

三河槙原駅
2.6
40.6
 
●
●
 
 
◇
-

柿平駅
2.3
42.9
 
○
↑
 
 
|
-

三河川合駅
2.3
45.2
 
●
●
 
 
◇
-

池場駅
4.9
50.1
 
○
↑
 
 
|
-

東栄駅
1.1
51.2
 
●
●
 
 
◇

北設楽郡
東栄町
-

出馬駅
4.2
55.4
 
○
↑
 
 
|

静岡県

浜松市
天竜区
-

上市場駅
0.6
56.0
 
●
↑
 
 
|
-

浦川駅
1.3
57.3
 
●
●
 
 
◇
-

早瀬駅
1.2
58.5
 
●
↑
 
 
|
-

下川合駅
1.4
59.9
 
●
↑
 
 
|
-

中部天竜駅
2.5
62.4
 
●
●
 
 
◇
-

佐久間駅
1.1
63.5
 
●
●
 
 
|
-

相月駅
5.0
68.5
 
●
↑
 
 
|
-

城西駅
2.0
70.5
 
●
●
 
 
|
-

向市場駅
2.8
73.3
 
●
↑
 
 
|
-

水窪駅
1.0
74.3
 
●
●
 
 
◇
-

大嵐駅
6.5
80.8
 
●
↑
 
 
◇
-

小和田駅
3.0
83.8
 
●
↑
 
 
|
-

中井侍駅
4.0
87.8
289
●
↑
 
 
|

長野県

下伊那郡
天龍村
-

伊那小沢駅
2.3
90.1
291
●
●
 
 
◇
-

鶯巣駅
1.6
91.7
303
●
↑
 
 
|
-

平岡駅
2.1
93.8
324
●
●
 
 
◇
-

為栗駅
4.7
98.5
319
○
●
 
 
|
-

温田駅
3.7
102.2
340
●
●
 
 
◇
下伊那郡
泰阜村
-

田本駅
2.0
104.2
346
○
●
 
 
|
-

門島駅
3.7
107.9
350
●
●
 
 
◇
-

唐笠駅
3.4
111.3
367
●
●
 
 
|
-

金野駅
2.3
113.6
384
○
●
 
 
|

飯田市
-

千代駅
1.2
114.8
380
○
●
 
 
|
-

天竜峡駅
1.4
116.2
382
●
●
 
 
◇
-

川路駅
1.3
117.5
373
●
 
 
 
|
-

時又駅
1.8
119.3
383
●
 
 
 
◇
-

駄科駅
1.8
121.1
411
●
 
 
 
|
-

毛賀駅
1.4
122.5
403
●
 
 
 
|
-

伊那八幡駅
1.1
123.6
414
●
 
 
 
◇
-

下山村駅
1.1
124.7
427
●
 
 
 
|
-

鼎駅
1.0
125.7
450
●
 
 
 
|
-

切石駅
2.0
127.7
493
●
 
 
 
|
-

飯田駅
1.6
129.3
512
●
 
●
 
◇
-

桜町駅
0.8
130.1
520
●
 
▲
 
|
-

伊那上郷駅
1.0
131.1
500
●
 
▲
 
|
-

元善光寺駅◇
2.7
133.8
441
●
 
●
 
◇
-

下市田駅
1.8
135.6
435
●
 
|
 
|
下伊那郡
高森町
-

市田駅
1.2
136.8
440
●
 
●
 
◇
-

下平駅
2.7
139.5
442
●
 
|
 
|
-

山吹駅
1.0
140.5
460
●
 
|
 
|
-

伊那大島駅
2.6
143.1
519
●
 
●
 
◇
下伊那郡
松川町
-

上片桐駅
3.8
146.9
607
●
 
●
 
◇
-

伊那田島駅
1.3
148.2
635
●
 
|
 
|

上伊那郡
中川村
-

大沢信号場
-
149.7
 
|
 
|
 
◇
下伊那郡
松川町
-

高遠原駅
2.5
150.7
665
●
 
|
 
|
上伊那郡
飯島町
-

七久保駅
1.6
152.3
695
●
 
●
 
◇
-

伊那本郷駅
2.8
155.1
645
●
 
▲
 
◇
-

飯島駅
2.8
157.9
647
●
 
●
 
◇
-

田切駅
2.2
160.1
637
●
 
|
 
|
-

伊那福岡駅
2.8
162.9
663
●
 
●
 
◇

駒ヶ根市
-

小町屋駅
1.5
164.4
672
●
 
●
 
|
-

駒ケ根駅
1.2
165.6
674
●
●
●
 
◇
-

大田切駅
1.4
167.0
649
●
↓
▼
 
|
-

宮田駅
2.1
169.1
648
●
●
●
 
◇
上伊那郡
宮田村
-

赤木駅
1.3
170.4
637
●
↓
▼
 
|

伊那市
-

沢渡駅◇
3.0
173.4
614
●
●
●
 
◇
-

下島駅
1.1
174.5
623
●
↓
▼
 
|
-

伊那市駅
3.5
178.0
640
●
●
●
 
◇
-

伊那北駅
0.9
178.9
643
●
●
●
 
◇
-

田畑駅
2.1
181.0
650
●
↓
▼
 
|
上伊那郡
南箕輪村
-

北殿駅
2.2
183.2
661
●
●
●
 
◇
-

木ノ下駅
2.4
185.6
676
●
↓
●
 
|
上伊那郡
箕輪町
-

伊那松島駅
1.5
187.1
680
●
●
●
 
◇
-

沢駅
2.6
189.7
702
●
●
●
 
|
-

羽場駅
1.9
191.6
723
●
●
●
 
◇
上伊那郡
辰野町
-

伊那新町駅
1.8
193.4
719
●
●
▼
 
◇
-

宮木駅
1.2
194.6
720
●
↓
●
 
|
-

辰野駅◇
1.1
195.7
722.8
●
●
●

東日本旅客鉄道:■ 中央本線(支線 塩尻駅方面)
◇
JR東日本
中央本線
-

川岸駅
6.0
201.7
757.4
●
●
●
 
◇

岡谷市
-

岡谷駅
3.5
205.2
766.2
●
●
●
東日本旅客鉄道:■ 中央本線(本線)
◇

  • 会社名:JR東海=東海旅客鉄道、JR東日本=東日本旅客鉄道


廃止区間


括弧内は起点からの営業キロ。



貨物支線(1943年廃止)

豊橋駅 (0.0km) - 船町駅 (1.7km)

西豊川支線(1956年廃止)

豊川駅 (0.0km) - 西豊川駅 (2.4km)

ダム建設による線路付け替え区間(1955年廃止)

佐久間駅 (0.0km) - 豊根口駅 (3.0km) - 天龍山室駅 (6.4km) - 白神駅 (10.5km) - 大嵐駅 (13.3km)



廃駅


#廃止区間にある駅を除く。括弧内は豊橋駅起点の営業キロ。軌道線時代の廃駅は「伊那電気鉄道#駅一覧」を参照。




  • 遠山口駅 : 平岡 - 為栗間 (95.1 km) - 1951年廃止

  • 我科停留場 : 為栗 - 温田間(100.9km付近)

  • 開善寺前停留場 : 川路 - 時又間 (118.4 km) - 1943年廃止

  • 伊那赤坂停留場 : 飯島 - 田切間 (159.1 km) - 1943年廃止

  • 駒ヶ原停留場 : 大田切 - 宮田間(168.0km付近) - 1918年廃止

  • 音徳寺坂停留場 : 赤木 - 沢渡間(172.3km付近) - 1923年廃止

  • 唐木停留場 : 沢渡 - 下島間 - 1923年廃止

  • 小黒停留場 : 下島 - 伊那市間 - 1923年廃止

  • 入舟停留場 : 伊那市 - 伊那北間 (178.4 km) - 1943年廃止

  • 西町駅 : 宮木 - 辰野間 (195.3 km) - 1943年廃止



過去の接続路線



  • 小坂井駅 : 名鉄小坂井支線 - 1954年12月25日廃止

  • 本長篠駅 : 豊橋鉄道田口線 - 1968年9月1日廃止



脚注


[ヘルプ]




  1. ^ 全国版大型時刻表の行数は飯田線の駅数で決められたといわれる[要出典]。


  2. ^ TOICAがますます便利になります!! 東海旅客鉄道 2009年12月21日


  3. ^ 『JTB時刻表』1999年6月号、JTB、pp.283, 289


  4. ^ 「愛知デスティネーションキャンペーン」の開催について (PDF) - 東海旅客鉄道、2018年8月24日


  5. ^ 現在ではハーフ(混血)に対する差別用語と認識される場合もあるため、俗称として使用するには注意が必要である。


  6. ^ 「TOPICS PHOTOS」、『鉄道ピクトリアル』第539号、電気車研究会、1991年2月、 92頁。


  7. ^ 今尾恵介監修『日本鉄道旅行地図 7号 東海』(新潮社、2008年)p.36による。『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』(JTB、1998年)の補遺データである「梁山泊会所告示(5)」でも「『S04(1929).03.15届出』 が正当。少なくとも、S04(1929).04.03には、既に鳳来寺口と称していた <典拠:鳳来寺鉄道営業報告書>」とある。

  8. ^ ab梁山泊会所告示(5) - 鉄道フォーラム


  9. ^ 今尾恵介監修『日本鉄道旅行地図 7号 東海』新潮社、2008年、p.36(国鉄飯田線旧線の欄)


  10. ^ 鉄道院『大正四年度 鉄道院年報』p.145(国立国会図書館デジタルコレクションより)


  11. ^ 鉄道院彙報「軽便鉄道停留場廃止」『官報』大正7年10月7日付(第1854号)(国立国会図書館デジタルコレクション)


  12. ^ 「鉄道省告示第204号」『官報』1943年7月26日(国立国会図書館デジタルコレクション)


  13. ^ “初代社長が語る、JR東海の「観光列車論」”. 東洋経済オンライン(東洋経済新報社) (2015年7月12日). 2015年7月12日閲覧。


  14. ^ “3線区でワンマン運転”. 交通新聞 (交通新聞社): p. 1. (2001年2月8日) 


  15. ^ 「Railway Topics」、『鉄道ジャーナル』第35巻第5号、鉄道ジャーナル社、2001年5月1日、 96頁。


  16. ^ 長野日報 2013年4月2日付


  17. ^ 飯田線の長野県内有人駅を3つに JR東海、9駅を無人化方針 - 日本経済新聞電子版 2012年11月5日

  18. ^ ab台風第18号及び前線による大雨に係る被害状況について(第5報) (2013/09/18 6:00現在) (PDF) - 国土交通省 災害・防災情報


  19. ^ 『信濃毎日新聞』2013年10月10日付夕刊1面。


  20. ^ 駅ナンバリング入り路線図 (PDF) - 東海旅客鉄道、2018年3月現在、2018年5月6日閲覧

  21. ^ ab【社長会見】在来線駅に駅ナンバリングを導入します (PDF) - 東海旅客鉄道、2017年12月13日




参考文献



  • 川島令三編著『中部ライン - 全線・全駅・全配線』4 塩尻駅 - 名古屋東部エリア、講談社、2010年。ISBN 978-4-06-270064-1。


関連項目



  • 日本の鉄道路線一覧


  • 夏焼第二隧道(佐久間駅 - 大嵐駅間の旧線上にあった夏焼隧道を転用した道路トンネル)


  • 高遠電気軌道(伊那北駅 - 高遠駅間に計画されていた鉄道)


  • 中津川線(飯田駅 - 中津川駅間に計画されていた鉄道)


  • 佐久間線(中部天竜駅 - 天竜二俣駅間に計画されていた鉄道)


  • 究極超人あ〜る (OVA版で舞台となっている)


  • 山本正之 (「究極超人あ〜る」の挿入歌「飯田線のバラード」を歌う)


  • 佐久間レールパーク(かつて中部天竜駅構内に併設されていた)



外部リンク







  • 主な駅のバリアフリー情報(一覧)|JR東海


  • JR東海路線図 (PDF)


  • 三信鉄道工事と朝鮮人労働者一『葉山嘉樹日記』を中心に (PDF)

  • 合唱劇カネト






Popular posts from this blog

Questions related to Moebius Transform of Characteristic Function of the Primes

WSL Ubuntu Distro | How to solve `Operation not permitted` on cloning repository

Category:Karmøy