新井章治
あらい しょうじ 新井 章治 | |
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生誕 | 1881年12月8日 埼玉県大里郡大麻生村[1] |
死没 | (1952-09-01) 1952年9月1日(70歳没) |
国籍 | 日本 |
出身校 | 早稲田大学大学部政治経済学科[2] |
職業 | 実業家 |
肩書き | 東京電力会長、日本発送電総裁 |
新井 章治(あらい しょうじ、1881年(明治14年)12月8日 - 1952年(昭和27年)9月1日)は、日本の実業家。元・東京電力会長。元・日本発送電総裁。
目次
1 経歴
2 人物
3 家族・親族
4 脚注
5 参考文献
経歴
埼玉県人・新井健吉の長男[3]。1905年、早稲田大学大学部政治経済学科を卒業[1][2]。日本鉄道に入り利根発電に転じ東京電燈に合併後前橋支店長本社営業部次長取締兼営業部長等を歴職[1]。
1940年、東京電燈社長[4]。1943年、日本発送電総裁[4]。戦後公職追放された[5]。1952年、東京電力会長[4]。1952年9月1日、死去。
人物
趣味は碁[1]。宗教は真言宗[1]。
家族・親族
- 新井家
埼玉県熊谷市、東京市荏原区小山町[3]
- 父・健吉(埼玉県平民、篤農家)[6][7]
1857年 -
- 母・とよ(埼玉県、小野澤金平の二女)[6]
1860年 -
- 弟
信太郎[3]
睦治[3]
- 妹
ひで(木元理喜の妻)[3]
1886年 -
千代(倉上由一の妻)[3]
1889年 -
ハル(萩野晴太郎の妻)[3]
1896年 -
- 妻・ひさ(群馬県、葉住利蔵の長女)[3]
1889年 -
- 長男・泰治(東横電鉄社員)[3]
1908年 -
- 同妻・経子(島根県士族・櫻内幸雄の四女)[3]
- 同妻・経子(島根県士族・櫻内幸雄の四女)[3]
- 長女・ゑつ(田村作太郎の二男専之助の妻)[3]
1911年 -
- 二女[6]
1914年 -
- 三女・三枝子(長野県人・岩波益雄の弟千春の妻)[3]
- 四女(吉國一郎の妻)[5][6]
1920年 -
- 叔父・喜代松(分家)[8]
- 叔母・すみ(北彌四郎の二男庄三郎の妻)[8]
- 親戚
葉住利蔵(元利根発電社長、元衆議院議員)[5]
櫻内乾雄(元中国電力会長)[5]
櫻内幸雄(商工大臣、農林大臣、大蔵大臣など歴任)[5]
岩波千春(元中部電力取締役)[5]
岩波益雄(元日本光学相談役)
吉國一郎(官僚)[5]
脚注
- ^ abcde『早稲田大学紳士録 昭和15年版』38頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2017年9月9日閲覧。
- ^ ab『早稲田大学校友会会員名簿 大正14年11月調』130頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年1月11日閲覧。
- ^ abcdefghijkl『人事興信録 第13版 上』ア134頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年1月11日閲覧。
- ^ abc新井章治とはコトバンク。2016年1月11日閲覧。
- ^ abcdefg『豪閥 地方豪族のネットワーク』434-441頁。
- ^ abcd『人事興信録 第6版』あ62頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2017年9月10日閲覧。
^ 『大日本篤農家名鑑』295頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2017年9月10日閲覧。
- ^ ab『人事興信録 第10版 上巻』ア187頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2017年9月18日閲覧。
参考文献
- 大日本篤農家名鑑編纂所編『大日本篤農家名鑑』大日本篤農家名鑑編纂所、1910年。
- 人事興信所編『人事興信録 第6版』人事興信所、1921年。
- 『早稲田大学校友会会員名簿 大正14年11月調』早稲田大学校友会、1915-1925年。
- 人事興信所編『人事興信録 第10版 上巻』人事興信所、1934年。
- 早稲田大学紳士録刊行会編『早稲田大学紳士録 昭和15年版』早稲田大学紳士録刊行会、1939年。
- 人事興信所編『人事興信録 第13版 上』人事興信所、1941年。
佐藤朝泰『豪閥 地方豪族のネットワーク』立風書房、2001年。
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