人形の家
人形の家 Et Dukkehjem | ||
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イプセンによる人形の家原稿表紙 | ||
著者 | ヘンリック・イプセン | |
発行日 | 1879年12月21日 | |
ジャンル | 戯曲 | |
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『人形の家』(にんぎょうのいえ、Et Dukkehjem)は、1879年にヘンリック・イプセンによって書かれた戯曲。同年、デンマーク王立劇場で上演された。弁護士ヘルメルの妻ノラ(ノーラ)を主人公とし、新たな時代の女性の姿を世に示した物語。全3幕。
世界的にイプセンの代表作とされている。この作品(あるいは前作の『社会の柱』)をもってイプセンの社会劇の始まりと見なすのが一般的であり、彼はこの後ほぼ2年に1作のペースで作品を書き上げることになる。しばしばフェミニズム運動の勃興とともに語られる作品であり、この作品の成功がイプセンを一躍世界的な劇作家とした。
目次
1 登場人物
2 あらすじ
3 日本語訳
4 公演
4.1 1911年公演
4.1.1 公演期間
4.1.2 キャスト
5 関連項目
6 脚注
7 外部リンク
登場人物
- ヘルメル:弁護士
- ノラ(ノーラ):主人公。その妻
- ドクトル・ランク
- リンデ夫人
- ニルス・クロクスタ
- ヘルメル家の三人の子供たち
- アンネ・マリーエ:乳母
- 女中
- ポーター
あらすじ
弁護士ヘルメルの妻ノラは、無邪気にヘルメルを含めて人間を信じ、貧しいものに分け与える心の余裕を持ち合わせた女性であった。彼女はヘルメルに「大切に」されていた。猫かわいがりするヘルメルの愛の性質に、気づいていながらも日々を過ごしていたノラにある日、事件が訪れる。
ヘルメルの部下クロクスタが、ヘルメルの留守を狙ってノラのもとに嘆願にやって来たのだ。彼は馴れ馴れしい態度を取ったためヘルメルに疎まれ、じきに解雇される予定であった。ノラは断ろうとするが、クロクスタは彼女の弱みを握っていた。それはヘルメルが重病に陥り金銭が不足したとき、彼女はクロクスタから借金をし、その際、借用証の父のサインを捏造していたということだった。当時、彼女の父は重病であったため、これは苦肉の策であった。もし解雇されるなら、この事実をヘルメルに暴露すると、クロクスタに宣言されたノラは悩む。自分を支配しているヘルメルがこのことを知れば、すべての生活は破滅することは目に見えているからだ。
やがて、ノラはヘルメルにクロクスタの解雇を取り消すよう頼むが、事情を知らないヘルメルは取り合わず、クロクスタは解雇される。宣言どおりクロクスタは暴露する手紙をヘルメルに送った。事実を知ったヘルメルは激怒し、ノラをさんざんに罵倒する。すべての終わりがやってきたと思ったさなか、改心したクロクスタから捏造の証拠である借用証書が送られてくる。これでヘルメルの危機は過ぎ去った。先ほどまでの態度を豹変し、再び微笑んで甘いことを言い放つようになるヘルメル。ヘルメルが対等な人間として、絶望や悩みを共有し、喜びを分かち合える存在、「1人の人間」として自分を見ていないことにノラは絶望し、ヘルメルの制止を振り切り、ノラは家を出る。
日本語訳
現在容易に入手可能なもの
- 人形の家(新潮文庫、矢崎源九郎訳)
- 人形の家(岩波文庫、原千代海訳)
- 人形の家(角川文庫、山室静訳)
公演
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1911年公演
日本における初演は文芸協会による。会長の坪内逍遥の私邸で公演された[1]。
公演期間
- 1911年(明治44年)9月22日~9月24日 文芸協会演劇研究所私演場(第二幕を省略した形で上演)
- 1911年(明治44年)11月28日~12月5日 帝国劇場(三幕全部を上演。翌1912年(明治45年)3月14日から21日まで大阪中座でも上演された。)
キャスト
9月公演のキャストは以下の通り。表記は当時による。
- ノラ:松井須磨子
- ヘルメル:土肥春曙
- クロッグスタット:東儀鉄笛
- ランク:森英次郎
- エレン:横川唯治
- アンナ:佐々木積
- リンデ夫人:廣田濱子
関連項目
- フェミニズム
- リアリズム
島村抱月・松井須磨子・芸術座 (劇団)
脚注
^ 毎日新聞20世紀2001大事件
外部リンク
『人形の家』:旧字旧仮名 - 青空文庫(島村抱月訳)
『『人形の家』解説』:旧字旧仮名 - 青空文庫(島村抱月著)
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