中国の書家一覧
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中国の書家一覧(ちゅうごくのしょかいちらん)は、中国の能書家を時代別に分類した一覧である。現存する書家は掲載しない。
目次
1 三代
1.1 周
2 秦
3 漢
3.1 前漢
3.2 後漢
4 三国
5 六朝
5.1 西晋
5.2 東晋
5.3 南朝
5.4 北朝
6 隋
7 唐
7.1 初唐
7.2 盛唐・中唐・晩唐
8 五代・十国
9 宋・遼・金
10 元
11 明
12 清
13 中華民国
14 中華人民共和国
15 脚注
16 出典・参考文献
17 関連項目
三代
周
詳細は「中国の書道史#周(古文・籀文時代)」および「中国の筆跡一覧#周」を参照
時代 | 通称 | 生没年 | 字 | 別称など | 代表作 | 書論など | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
西周 | 史籀 | 不詳 | 籀 | 石鼓文? | 字書…史籀篇 |
史籀(し ちゅう、生没年不詳)
- 一説に、宣王時代の太史官で、また、秦代の人との説もある。史籀の「史」は、史官の意と姓の意と両説ある。字書『史籀篇』15篇を著したとされる[1][2]。
秦
詳細は「中国の書道史#秦(篆書時代)」および「中国の筆跡一覧#秦」を参照
時代 | 通称 | 生没年 | 字 | 別称など | 代表作 | 書論など | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
秦 | 蒙恬 | 生年不詳 - 紀元前210年 | |||||
秦 | 李斯 | 生年不詳 - 紀元前208年 | 通古[3] | 始皇七刻石 | 字書…蒼頡篇 | 小篆の始祖 | |
秦 | 趙高 | 生年不詳 - 紀元前207年 | 字書…爰歴篇 | ||||
秦 | 程邈 | 不詳 | 元岑 | 隷書の始祖? |
程邈(てい ばく、生没年不詳)
- 字は元岑。下邽(かけい、現在の陝西省渭南市東北)の人。隷書をつくったとされるが伝説。[4][5]
- 字は元岑。下邽(かけい、現在の陝西省渭南市東北)の人。隷書をつくったとされるが伝説。[4][5]
漢
前漢
詳細は「中国の書道史#前漢」および「中国の筆跡一覧#前漢」を参照
時代 | 通称 | 生没年 | 字 | 別称など | 代表作 | 書論など | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
前漢 | 史游 | 不詳 | 字書…急就章 | 章草の始祖? | |||
前漢 | 揚雄 | 紀元前58年 - 18年 | 子雲 | 楊雄 |
史游(し ゆう、生没年不詳)
- 前漢元帝の時の黄門令で、『急就章』の作がある。また、隷書を解き散じて作ったという章草の始祖といわれているがはっきりしない[6][7]。
後漢
詳細は「中国の書道史#後漢」および「中国の筆跡一覧#後漢」を参照
時代 | 通称 | 生没年 | 字 | 別称など | 代表作 | 書論など | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
後漢 | 杜林 | 生年不詳 - 47年 | 伯山 | ||||
後漢 | 章帝 | 57年 - 88年 | 姓…劉、諱…炟 | 第3代皇帝 | |||
後漢 | 許慎 | 58年? - 147年? | 叔重 | 字典…説文解字 | |||
後漢 | 杜度(と ど) | 不詳 | 伯度 | 章草をよくした。 | |||
後漢 | 曹喜(そう き) | 不詳 | 仲則 | 篆書・隷書をよくした。 | |||
後漢 | 崔瑗 | 77年 - 142年 | 子玉 | 座右銘 | 崔子玉座右銘 | ||
後漢 | 蔡邕 | 132年 - 192年 | 伯喈 | 熹平石経 | 飛白体の始祖 | ||
後漢 | 蔡琰 | 177年? - 239年? | 文姫 | 蔡邕の娘 | |||
後漢 | 張芝 | 生年不詳 - 192年 | 伯英 | 芝白帖 | 草聖 | ||
後漢 | 張昶(ちょう ちょう) | 生年不詳 - 206年 | 文舒 | 草書・隷書をよくした。 張芝の弟。 | |||
後漢 | 劉徳昇(りゅう とくしょう) | 不詳 | 君嗣 | 行書の始祖? | |||
後漢 | 崔寔(さい しょく) | 103年? - 170年? | 子真[8] | ||||
後漢 | 師宜官 | 不詳 | 耿球碑 | ||||
後漢 | 衛宏(えい こう) | 不詳 | 敬仲 | 古文をよくした。 | |||
後漢 | 王次仲(おう じちゅう) | 不詳 | 上谷(じょうこく、現在の北京市延慶県)の人 | ||||
後漢 | 趙壱(ちょう いつ) | 不詳 | 元叔 | 非草書 | 漢陽郡西県(現在の甘粛省天水市)の人[9]。 |
崔瑗(さい えん、77年 - 142年)
- 後漢の書家。字は子玉。小篆・章草に長じた。蔡邕の門人。『座右銘』が有名で、日本では空海が書いた『崔子玉座右銘』が名高い[10]。
張芝(ちょう し、生年不詳 - 192年)
- 後漢の書家。字は伯英、敦煌淵泉の人。書を崔瑗と杜度の2人に学び、草書をよくし、古来草聖と称された。自分の家の庭の池に臨んで熱心に習字をしたため、池の水がいつも真黒であったというのは有名な話であり、書道のことを「臨池」(りんち)というのはこの故事による。『書譜』の中に、王羲之でさえ張芝の草書に敬意を表したとある。代表作に章草体の『芝白帖』がある。また『淳化閣帖』に草書の『冠軍帖』・『欲帰帖』などが見える。[11][12][13]
- 後漢の書家。字は伯英、敦煌淵泉の人。書を崔瑗と杜度の2人に学び、草書をよくし、古来草聖と称された。自分の家の庭の池に臨んで熱心に習字をしたため、池の水がいつも真黒であったというのは有名な話であり、書道のことを「臨池」(りんち)というのはこの故事による。『書譜』の中に、王羲之でさえ張芝の草書に敬意を表したとある。代表作に章草体の『芝白帖』がある。また『淳化閣帖』に草書の『冠軍帖』・『欲帰帖』などが見える。[11][12][13]
師宜官(しぎ かん、生没年不詳)
- 後漢の書家。南陽(現在の河南省)の人。隷書を得意とし、『耿球碑』(こきゅうひ)は彼の書という。霊帝は彼の八分を第一と称した。[2]
- 後漢の書家。南陽(現在の河南省)の人。隷書を得意とし、『耿球碑』(こきゅうひ)は彼の書という。霊帝は彼の八分を第一と称した。[2]
三国
詳細は「中国の書道史#三国(隷楷過渡時代)」および「中国の筆跡一覧#三国」を参照
時代 | 通称 | 生没年 | 字 | 別称など | 代表作 | 書論など | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
魏 | 胡昭 | 85年 - 173年、一説に162年 - 250年 | 孔明 | 草書・行書をよくした。 | |||
魏 | 邯鄲淳 | 132年 - 220年? | 子叔 | 名…竺 | 三体石経[14] | ||
魏 | 鍾繇 | 151年 - 230年 | 元常 | 宣示表 | |||
魏 | 衛覬 | 生年不詳 - 230年 | 伯儒 | 衛瓘の父 | |||
魏 | 韋誕 | 179年 - 253年 | 仲将 | ||||
魏 | 梁鵠(りょう こく) | 不詳 | 孟皇 | 八分をよくした。 | |||
呉 | 皇象 | 不詳 | 休明 | 急就章 |
衛覬(えい き、生年不詳 - 230年)
- 字は伯儒。衛瓘の父。漢末魏初に仕官した人で、古文・篆書・隷書・草書ともよくした。鍾繇と同時代の人。
皇象(こう しょう、生没年不詳)
- 字は休明。呉で最も書名が高く、草書・章草・篆書・隷書をよくした。もっとも優れたのは章草であると言われている。
六朝
西晋
詳細は「中国の書道史#西晋」および「中国の筆跡一覧#西晋」を参照
時代 | 通称 | 生没年 | 字 | 別称など | 代表作 | 書論など | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
西晋 | 衛瓘 | 220年 - 291年 | 伯玉 | 衛覬の子 | |||
西晋 | 嵆康 | 223年 - 262年 | 叔夜 | 草書をよくした。 | |||
西晋 | 鍾会 | 225年 - 264年 | 士季 | 鍾繇の末子 | |||
西晋 | 索靖 | 239年 - 303年 | 幼安 | 月儀帖 | |||
西晋 | 衛恒 | 252年 - 291年 | 巨山 | 四体書勢 | 衛瓘の子 | ||
西晋 | 陸機 | 261年 - 303年 | 士衡 | 平復帖 |
索靖(さく せい、239年 - 303年)
- 西晋の政治家。字は幼安。敦煌の人。張芝の姉の孫。草書をよくし、衛瓘と並び称され、特に章草に優れた。その書法は韋誕から出た。書跡には『月儀帖』や『出師頌』(すいししょう)などがある[15][16]。
衛恒(えい こう、252年 - 291年)
- 字は巨山。衛瓘の子。楷書に飛白の筆意を含む散隷という書を作った。張芝を学び、古文・章草・草書・隷書・楷書をよくし、書論『四体筆勢』を著した。『四体筆勢』には、古文・篆書・隷書・草書の四書体について、その起源などを記している。従妹に衛鑠がいる[17][18]。
東晋
詳細は「中国の書道史#東晋」および「中国の筆跡一覧#東晋」を参照
時代 | 通称 | 生没年 | 字 | 別称など | 代表作 | 書論など | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
東晋 | 郗鑒 | 269年 - 339年 | 道徽 | 孝性帖 | 王羲之の義父。行書・草書をよくした。 | ||
東晋 | 衛夫人 | 272年 - 349年 | 茂猗 | 名…鑠 | 興師帖 | 筆陣図 | 王羲之の師 |
東晋 | 王廙(おう よく) | 276年 - 322年 | 世将 | 二月十六日帖 | 王羲之の叔父 | ||
東晋 | 王導 | 276年 - 339年 | 茂弘 | 省示帖 | 王羲之の父の従兄 | ||
東晋 | 王羲之 | 303年? - 361年? | 逸少 | 王右軍、書聖、大王 | 蘭亭序 | 自論書 | 楷行草を極致の域に達した。 |
東晋 | 庾翼 | 305年 - 345年 | 稚恭 | 故史従事帖 | |||
東晋 | 郗愔(ち いん) | 313年 - 384年 | 方回 | 至慶帖 | 章草をよくした。 | ||
東晋 | 謝安 | 320年 - 385年 | 安石 | 八月五日帖 | |||
東晋 | 王恬(おう てん) | 314年 - 349年 | 敬予 | 得示帖 | 王導の第2子。隷書・草書をよくした[19][20]。 | ||
東晋 | 王洽 | 323年 - 358年 | 敬和 | 仁愛帖、辱告帖 | 王導の第4子(一説に第3子)。草書をよくした[21]。 | ||
東晋 | 王凝之(おう ぎょうし) | 生年不詳 - 399年 | 叔平 | 庾氏女帖 | 王羲之の第2子。草書・隷書をよくした。 | ||
東晋 | 王徽之(おう きし) | 生年不詳 - 388年 | 子猷 | 新月帖 | 王羲之の第5子。行書・草書をよくした[22]。 | ||
東晋 | 王献之 | 344年 - 386年 | 子敬 | 王大令、小王 | 中秋帖 | 王羲之の第7子 | |
東晋 | 王珣 | 349年 - 400年 | 元琳 | 伯遠帖 | 王洽の長男 | ||
東晋 | 桓温 | 312年 - 373年 | 元子 | ||||
東晋 | 王珉(おう びん) | 361年 - 388年 | 季琰 | 王小令 | 此年帖 | 王洽の次男 | |
東晋 | 桓玄 | 369年 - 404年 | 敬道 | 桓温の子 | |||
東晋 | 王曇首 | 394年 - 430年 | 王珣の子。行草をよくした。[23][24] | ||||
東晋 | 李式 | 不詳 | 景則[25] | 『書後品』の上下品にランクされている。 |
衛鑠(えい しゃく、272年 - 349年)
- 字は茂猗(もい)。通称は衛夫人。衛恒の従妹、汝陰の太守李矩の妻。書を鍾繇ないし蔡琰に学び、楷書・行書・篆書・隷書の各体をよくした。王羲之の師と伝えられる[18][26]。
王珣(おう じゅん、349年? - 400年?)
- 字は元琳。王洽の長男。書名は当時、弟の珉の方が高く、珣の本領は学問にあったといわれる。行草に優れ、書に『伯遠帖』がある[27]。
南朝
詳細は「中国の書道史#南朝」および「中国の筆跡一覧#南朝」を参照
時代 | 通称 | 生没年 | 字 | 別称など | 代表作 | 書論など | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
宋 | 謝霊運 | 385年 - 433年 | 宣明 | 幼名…客児 | 石門新栄詩刻? | ||
宋 | 孔琳之 | 369年 - 423年 | 彦琳 | 日月帖 | 楷書・行書をよくした。 | ||
宋 | 羊欣 | 370年 - 442年 | 敬元 | 暮春帖 | 古来能書人名 | 楷書・行書をよくした。 | |
宋 | 蕭思話 | 406年 - 455年 | 文休 | ||||
宋 | 薄紹之(はく しょうし) | 不詳 | 敬叔 | 廻換帖 | |||
宋 | 虞龢(ぐ か) | 不詳 | 不明 | 論書表 | 会稽余姚(現在の浙江省寧波市余姚市)の人。[28] | ||
宋 | 王愔(おう いん) | 不詳 | 不明 | 文字志目 | |||
斉 | 王僧虔(おう そうけん) | 426年 - 485年 | 不明 | 太史舎人帖 | 論書 | ||
斉 | 王慈 | 451年 - 491年 | 柏宝 | 柏酒帖 | 王僧虔の子 | ||
梁 | 陶弘景 | 452年 - 536年 | 通明 | 瘞鶴銘? | |||
梁 | 王志 | 460年 - 513年 | 次道 | 一日無申帖 | 王僧虔の子、王慈の弟。 行草隷をよくし、書聖とまでいわれた。[29][30] | ||
梁 | 袁昂(えん こう) | 461年 - 540年 | 不明 | 古今書評 | 画もよくした。 | ||
梁 | 武帝 | 464年 - 549年 | 叔達 | 姓…蕭、名…衍 | 異趣帖 | ||
梁 | 蕭子雲(しょう しうん) | 486年 - 548年 | 景喬 | ||||
梁 | 庾肩吾(ゆ けんご) | 487年? - 551年? | 慎之 | 号…玄静先生 | 書品 | ||
梁 | 阮研(げん けん) | 不詳 | 文幾 | 道増帖 | |||
梁 | 貝義淵(ばい ぎえん) | 不詳 | 不明 | 蕭憺碑 | |||
梁 | 庾元威(ゆげんい) | 不詳 | 不明 | 論書 | |||
陳 | 智永 | 不詳 | 法極 | 永禅師 | 真草千字文 | ||
陳 | 陳伯智 | 不詳 | 策之 | 熱甚帖 | 行書をよくした。 |
北朝
詳細は「中国の書道史#北朝」および「中国の筆跡一覧#北朝」を参照
時代 | 通称 | 生没年 | 字 | 別称など | 代表作 | 書論など | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
北魏 | 鄭道昭 | 生年不詳 - 516年 | 僖伯 | 号…中岳先生 | 鄭文公碑 | ||
北魏 | 崔宏 | 生年不詳 - 418年 | 玄伯 | 崔浩の父 | |||
北魏 | 崔浩 | 381年? - 450年 | 伯淵 | 幼名…桃簡 | |||
北魏 | 寇謙之 | 365年 - 448年 | 輔真 | 中岳嵩高霊廟碑? | |||
北魏 | 江式(こう しょく) | 生年不詳 - 523年 | 法安 | ||||
北斉 | 鄭述祖(てい じゅつそ) | 475年 - 565年 | 恭文 | 天柱山銘 | 鄭道昭の子 | ||
北周 | 趙文淵 | 不詳 | 徳本 | 別名…文深 | 西嶽崋山神廟碑 | ||
北周 | 趙孝逸(ちょう こういつ) | 不詳 |
隋
詳細は「中国の書道史#隋」および「中国の筆跡一覧#隋」を参照
時代 | 通称 | 生没年 | 字 | 別称など | 代表作 | 書論など | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
隋 | 薛道衡 | 540年 - 609年 | 玄卿 | 楷書をよくした。 | |||
隋 | 房彦謙(ぼう げんけん) | 547年 - 615年 | 孝冲 | 房玄齢の父 | |||
隋 | 丁道護(てい どうご) | 不詳 | 不明 | 啓法寺碑 | 楷書をよくした。 | ||
隋 | 史陵(し りょう) | 不詳 | 楷書をよくした。 | ||||
隋 | 智果(ち か) | 不詳 | 書評帖 |
唐
初唐
詳細は「中国の書道史#初唐」および「中国の筆跡一覧#初唐」を参照
時代 | 通称 | 生没年 | 字 | 別称など | 代表作 | 書論など | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
初唐 | 李懐琳 | 不詳 | 不明 | 絶交書 | |||
初唐 | 欧陽詢 | 557年 - 641年 | 信本 | 欧陽率更 | 九成宮醴泉銘 | 芸文類聚 | 初唐の三大家の一人、楷書の四大家の一人 |
初唐 | 虞世南 | 558年 - 638年 | 伯施 | 虞永興 | 孔子廟堂碑 | 初唐の三大家の一人 | |
初唐 | 李靖 | 571年 - 649年 | 薬師 | 太宗の頃の名将 | |||
初唐 | 房玄齢 | 578年 - 648年 | 喬 | 草書・隷書をよくした。 | |||
初唐 | 魏徴 | 580年 - 643年 | 玄成・元成 | 鑑定もよくした。 | |||
初唐 | 顔師古 | 581年 - 645年 | 師古 | 名…籀 | 等慈寺碑 | 顔氏字様 | |
初唐 | 陸柬之(りく かんし) | 585年? - 638年? | 不明 | 五言蘭亭詩 | 虞世南の甥 | ||
初唐 | 褚遂良 | 596年 - 658年 | 登善 | 褚河南 | 雁塔聖教序 | 初唐の三大家の一人 | |
初唐 | 太宗 | 598年 - 649年 | 姓…李、名…世民 | 晋祠銘 | 第2代皇帝 | ||
初唐 | 殷令名 | 不詳 | 不明 | 裴鏡民碑 | |||
初唐 | 殷仲容(いん ちゅうよう) | 不詳 | 不明 | 李神符碑 | 殷令名の子 | ||
初唐 | 則天武后 | 623年 - 705年 | 姓…武、名…曌 | 昇仙太子碑 | 万歳通天進帖 | 第3代皇帝高宗の皇后 | |
初唐 | 高宗 | 628年 - 683年 | 姓…李、名…治 | 李勣碑 | 第3代皇帝 | ||
初唐 | 薛曜(せつ よう) | 不詳 | 不明 | 夏日游石淙詩 | 薛稷は従弟 | ||
初唐 | 欧陽通 | 生年不詳 - 691年 | 通師 | 欧陽蘭台 | 道因法師碑 | ||
初唐 | 孫過庭 | 648年? - 703年? | 過庭 | 名…虔礼 | 書譜 | 書譜 | |
初唐 | 薛稷 | 649年 - 713年 | 嗣通 | 信行禅師碑 | 初唐の四大家の一人 | ||
初唐 | 李嗣真(り ししん) | 生年不詳 - 696年 | 承冑[31] | 書後品、九品書人論 | 滑州匡城(現在の長垣県西南)の人。 | ||
初唐 | 王知敬(おう ちけい) | 不詳 | 不明 | 李靖碑 | |||
初唐 | 鍾紹京(しょう しょうけい) | 不詳 | 可大 | 霊飛経 | 鍾繇10世の孫 |
盛唐・中唐・晩唐
詳細は「中国の書道史#盛唐・中唐・晩唐」および「中国の筆跡一覧#盛唐・中唐・晩唐」を参照
時代 | 通称 | 生没年 | 字 | 別称など | 代表作 | 書論など | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
盛唐 | 賀知章 | 659年 - 744年 | 季真・維摩 | 賀監・四明狂客 | 孝経 | ||
盛唐 | 李北海 | 678年 - 747年 | 泰和・修穆 | 名…邕 | 李思訓碑 | ||
盛唐 | 玄宗 | 685年 - 762年 | 名…隆基 | 紀泰山銘 | 第6代皇帝 | ||
盛唐 | 張旭 | 不詳 | 伯高 | 別称…長史 | 郎官石柱記 | 狂草の祖 | |
盛唐 | 李陽冰 | 不詳 | 少温 | 李氏三墳記 | |||
盛唐 | 徐浩 | 703年 - 782年 | 季海 | 不空和尚碑 | 張九齢の甥 | ||
盛唐 | 顔真卿 | 709年 - 785年 | 清臣 | 顔魯公 | 祭姪文稿 | 楷書の四大家の一人 | |
盛唐 | 懐素 | 725年? - 785年? | 蔵真 | 自叙帖 | |||
唐 | 徐璹(じょ しゅう) | 不詳 | 不明 | 徐浩の長子、韓方明の師 | |||
唐 | 張懐瓘(ちょう かいかん) | 不詳 | 不明 | 書断 | 書論に長じた。 | ||
唐 | 竇臮(とう き) | 不詳 | 霊長 | 述書賦 | |||
唐 | 林藻(りん そう) | 不詳 | 緯乾 | 深慰帖 | 林藻集 | ||
唐 | 高閑(こう かん) | 不詳 | 不明 | 草書千字文巻 | 楷・草書をよくし、特に狂草に優れた。 | ||
唐 | 韓方明 | 不詳 | 不明 | 授筆要説 | 空海の入唐中の師? | ||
唐 | 韋続(い ぞく) | 不詳 | 不明 | 墨藪 | |||
中唐 | 鄭雲逵(てい うんき) | 生年不詳 - 810年 | 不明 | 李広業碑 | |||
中唐 | 柳公綽(りゅう こうしゃく) | 763年 - 830年 | 寛 | 諸葛武侯祠堂碑 | 柳公権の実兄 | ||
中唐 | 沈伝師(しん でんし) | 769年 - 827年 | 子言 | 柳州羅池廟碑 | |||
中唐 | 柳宗元 | 773年 - 819年 | 子厚 | 龍城刻石 | |||
晩唐 | 張彦遠 | 不詳 | 愛賓 | 法書要録 | |||
晩唐 | 柳公権 | 778年 - 865年 | 誠懸 | 玄秘塔碑 | 楷書の四大家の一人 | ||
晩唐 | 裴休 | 791年 - 864年 | 公美 | 圭峰禅師碑 | |||
晩唐 | 杜牧 | 803年 - 853年 | 牧之 | 号…樊川 | 張好好詩 | 樊川文集 |
徐浩(じょ こう、703年 - 782年)
- 盛唐の書家。字は季海。越州(浙江省)の人。開元年間の宰相張九齢の甥に当たる。書は父、嶠(きょう、一説に嶠之(きょうし))より学び、各体よくしたが、特に楷書と隷書に優れた。作品には楷書の『不空和尚碑』(ふくうおしょうひ)、隷書の『嵩陽観聖徳感応頌』(すうようかんせいとくかんおうしょう)などがある。[32][33]
- 盛唐の書家。字は季海。越州(浙江省)の人。開元年間の宰相張九齢の甥に当たる。書は父、嶠(きょう、一説に嶠之(きょうし))より学び、各体よくしたが、特に楷書と隷書に優れた。作品には楷書の『不空和尚碑』(ふくうおしょうひ)、隷書の『嵩陽観聖徳感応頌』(すうようかんせいとくかんおうしょう)などがある。[32][33]
韓方明(かん ほうめい、生没年不詳)
- 唐の人。伝未詳。筆法の伝授者として有名で、貞元15年(799年)に徐璹から、同17年(801年)には崔邈から法を授けられたという。空海の入唐中の師と伝えられるが確証はない。その著に『授筆要説』がある。[34][35][36]
- 唐の人。伝未詳。筆法の伝授者として有名で、貞元15年(799年)に徐璹から、同17年(801年)には崔邈から法を授けられたという。空海の入唐中の師と伝えられるが確証はない。その著に『授筆要説』がある。[34][35][36]
五代・十国
詳細は「中国の書道史#五代・十国」および「中国の筆跡一覧#五代・十国」を参照
時代 | 通称 | 生没年 | 字 | 別称など | 代表作 | 書論など | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
後周 | 楊凝式 | 873年 - 954年 | 景度 | 号…癸巳人・関西老農 | 韭花帖 | ||
南唐 | 南唐後主 | 937年 - 978年 | 重光 | 姓…李、名…煜、号…澄心堂 | 昇元帖 | 第3代皇帝、行書をよくした。 |
楊凝式(よう ぎょうしき、873年 - 954年)
- 後周の書家。字は景度。華陰の人。父の楊渉(よう しょう)は唐末に宰相となり、唐の滅亡後、後梁に仕えて宰相となった。凝式は文章に巧みで、顔真卿・柳公権を学び、楷書・草書をよくした。この時代、一人書名を恣にし、時人は王羲之の再来とまで称した。また、宋になって、蘇軾・黄庭堅・米芾らが称賛してから特に有名になった。この三大家は、古来の書法を無視した凝式の天真な点を高く評価している。書に『韭花帖』(きゅうかじょう)・『神仙起居帖』(しんせんききょじょう)などがある。[37][38][39][40][41]
- 後周の書家。字は景度。華陰の人。父の楊渉(よう しょう)は唐末に宰相となり、唐の滅亡後、後梁に仕えて宰相となった。凝式は文章に巧みで、顔真卿・柳公権を学び、楷書・草書をよくした。この時代、一人書名を恣にし、時人は王羲之の再来とまで称した。また、宋になって、蘇軾・黄庭堅・米芾らが称賛してから特に有名になった。この三大家は、古来の書法を無視した凝式の天真な点を高く評価している。書に『韭花帖』(きゅうかじょう)・『神仙起居帖』(しんせんききょじょう)などがある。[37][38][39][40][41]
宋・遼・金
詳細は「中国の書道史#宋・遼・金」および「中国の筆跡一覧#宋・遼・金」を参照
時代 | 通称 | 生没年 | 字 | 別称など | 代表作 | 書論など | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
北宋 | 徐鉉 | 916年 - 991年 | 鼎臣 | 号…騎省、別称…大徐 | 『説文解字』を校訂した。 | ||
北宋 | 徐鍇 | 920年 - 974年 | 楚金 | 別称…小徐 | 説文繋伝 | 徐鉉の弟、兄とともに『説文解字』を校訂した。 | |
北宋 | 太宗 | 939年 - 997年 | 姓…趙、名…匡義・光義・炅 | 淳化閣帖 | 第2代皇帝、草書をよくした。 | ||
北宋 | 王著(おう ちょ) | 生年不詳 - 990年? | 知微 | 淳化閣帖 | 書法・鑑定をよくした。 | ||
北宋 | 李建中(り けんちゅう) | 945年 - 1013年 | 得中 | 号…巌夫民伯、別称…李西台 | 同年帖 | 各体をよくしたが、最も行書に長じた。 | |
北宋 | 林逋 | 967年 - 1028年 | 君復 | 諡…和靖、別称…梅妻鶴子 | 詩巻 | 詩書画・行草をよくした。 | |
北宋 | 周越 | 不詳 | 不明 | 官名…膳部 | |||
北宋 | 蘇舜元(そ しゅんげん) | 1006年 - 1054年 | 才翁 | 蘇舜欽の兄 | |||
北宋 | 蘇舜欽 | 1008年 - 1048年 | 子美 | 蘇舜元の弟 | |||
北宋 | 蔡襄 | 1012年 - 1067年 | 君謨 | 謝賜御書詩表 | 宋の四大家の一人。 | ||
北宋 | 蘇軾 | 1036年 - 1101年 | 子瞻 | 号…東坡 | 黄州寒食詩巻 | 東坡題跋 | 宋の四大家の一人。 |
北宋 | 朱長文(しゅ ちょうぶん) | 1039年 - 1098年 | 伯原 | 号…楽圃 | 墨池編、続書断 | ||
北宋 | 黄庭堅 | 1045年 - 1105年 | 魯直 | 号…山谷・涪翁 | 李太白憶旧遊詩巻、黄州寒食詩巻跋、伏波神祠詩巻 | 山谷題跋 | 宋の四大家の一人。 |
北宋 | 蔡京 | 1047年 - 1126年 | 元長 | 鶺鴒頌跋 | |||
北宋 | 米芾 | 1051年 - 1107年 | 元章 | 号…海嶽・南宮 | 張季明帖、蜀素帖 | 海嶽名言 | 宋の四大家の一人。 |
北宋 | 薛紹彭(せつ しょうほう) | 不詳 | 道祖 | 号…翠微居士 | 元章召飯帖 | 収蔵家、米芾と交友あり | |
北宋 | 黄伯思 | 1079年 - 1118年 | 長睿・霄賓 | 号…雲林子 | 東観余論、法帖刊誤 | ||
北宋 | 趙明誠(ちょう めいせい) | 1081年 - 1129年 | 徳甫 | 号…帰来室 | 金石録 | ||
北宋 | 徽宗 | 1082年 - 1135年 | 姓…趙、名…佶 | 大観帖 | 第8代皇帝 | ||
北宋 | 米友仁 | 1086年 - 1165年 | 元暉 | 号…海嶽後人・懶拙老人 | 動止持福帖、米芾草書九帖跋 | 米芾の子 | |
金 | 王庭筠(おう ていいん) | 1151年 - 1202年 | 子端 | 号…黄華老人 | 行草をよくした。 | ||
金 | 章宗 | 1168年 - 1208年 | 姓…完顔、名…璟、女真名…麻達葛 | 徽宗摹張萓搗練図題字 | 第6代皇帝 | ||
南宋 | 高宗 | 1107年 - 1187年 | 姓名…趙構 | 徽宗文集序 | 翰墨志 | 初代皇帝、徽宗の第9子。 | |
南宋 | 呉琚(ご きょ) | 不詳 | 居父 | 号…雲壑、退思堂 | 橋畔垂楊七絶詩 | 玉麟堂帖 | |
南宋 | 陸游 | 1125年 - 1210年 | 務観 | 号…放翁 | 老友帖 | 行草をよくした。 | |
南宋 | 姜夔(きょう き) | 1125年 - 1231年[42] | 堯章 | 号…白石道人 | 続書譜 | ||
南宋 | 范成大 | 1126年 - 1193年 | 致能 | 号…石湖 | 西塞漁社図巻跋 | ||
南宋 | 朱熹 | 1130年 - 1200年 | 元晦・仲晦 | 号…考亭・晦庵・雲谷老人、尊称…朱子 | 劉子羽神道碑 | 学問の大家(朱子学) | |
南宋 | 張孝祥(ちょう こうしょう) | 1133年 - 1170年 | 安国 | 号…于湖 | 朝陽亭記 | 張即之の伯父 | |
南宋 | 張栻 | 1133年 - 1180年 | 敬夫 | 号…南軒 | 某公行状残巻 | 南軒集 | |
南宋 | 無準師範 | 1177年 - 1249年 | 仏鑑禅師、姓…雍 | 与聖一国師尺牘 | 仏鑑禅師語録 | 禅僧 | |
南宋 | 張即之 | 1186年 - 1266年 | 温夫 | 号…樗寮 | 金剛般若波羅蜜経 | ||
南宋 | 趙孟堅(ちょう もうけん) | 1199年 - 1295年? | 子固 | 号…彝斎 | 論書 | 趙孟頫の従兄 | |
南宋 | 文天祥 | 1236年 - 1283年 | 宋瑞・履善 | 号…文山 | 詩書 | ||
南宋 | 陳思(ちん し) | 不詳 | 続芸[43] | 書苑菁華 | |||
南宋 | 呉説(ご えつ) | 不詳 | 傅朋 | 号…練塘・紫渓真逸 | 遊糸書(連綿草)を得意とした。 |
周越(しゅう えつ、生没年不詳)
- 北宋の書家。越は名、官名を膳部という。仁宗朝のころに書で名を知られた人で、その当時、周越に書を学ぶ人は多く、黄庭堅の年少のときの師である。その書風は王羲之風の保守的なものであったという。欧陽詢の『草書千字文』(拓本)の末尾に周越の跋がある[44][45][46]。
黄伯思(こう はくし、1079年 - 1118年)
- 北宋の書家。字は長睿、別の字は霄賓、雲林子と号した。邵武の人。官は秘書郎。篆・隷・楷・行・草・飛白ともによくした。著に『東観余論』、『法帖刊誤』などがある[47][48]。
米友仁(べい ゆうじん、1086年 - 1165年)
- 北宋末南宋始めの書家・画家・官僚[49][50]。。
詳細は「米友仁」を参照
張即之(ちょう そくし、1186年 - 1266年)
- 南宋の書家。字は温夫。樗寮と号す。官は司農寺丞。歴陽(安徽省)の人。叔父の張孝祥も書をよくした。即之の書はほとんどが楷書で特に大字が良いとされているが、当時としてはかなり独特な書風であり、古来評価はまちまちであった。その中で董其昌は高く評価している。その書は禅僧によって日本の禅林に伝来し、本阿弥光悦等に影響を与えた。作品には楷書の『金剛般若波羅蜜経』(こんごうはんにゃはらみつきょう)、『大方広仏華厳経』(だいほうこうぶつけごんきょう)などがある[51][52][53]。
元
詳細は「中国の書道史#元」および「中国の筆跡一覧#元」を参照
時代 | 通称 | 生没年 | 字 | 別称など | 代表作 | 書論など | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
元 | 耶律楚材 | 1190年 - 1243年 | 晋卿 | 号…玉泉老人・湛然居士 | 行書送劉満詩 | ||
元 | 趙孟頫 | 1254年 - 1322年 | 子昂 | 号…松雪 | 玄妙観重修三門記 | 楷書の四大家の一人 | |
元 | 鮮于枢(せんう すう) | 1257年 - 1302年 | 伯機 | 号…困学民 | 杜甫詩巻 | 困学斎集 | |
元 | 馮子振 | 1257年 - 1327年? | 海粟 | 号…怪怪道人 | |||
元 | 鄧文原(とう ぶんげん) | 1259年 - 1329年 | 善之・匪石 | 号…素履先生 | 瞻近・漢詩二帖跋 | 巴西集 | 趙孟頫の影響を受けた。 |
元 | 康里巎巎(こうり じゅうじゅう) | 1295年 - 1345年 | 子山 | 号…正斎 | 李白詩巻 | 色目人、行草をよくした。 | |
元 | 楊維楨 | 1296年 - 1370年 | 廉夫 | 号…東維子・鉄崖 | 城南詩巻 | 詩人として著名 | |
元 | 陳繹曽(ちん えきそう) | 不詳 | 不明 | 翰林要訣 | |||
元 | 盛熙明(せい きめい) | 不詳 | 不明 | 法書攷 | |||
元 | 鄭杓(てい しん) | 不詳 | 子経 | 衍極 |
明
詳細は「中国の書道史#明」および「中国の筆跡一覧#明」を参照
時代 | 通称 | 生没年 | 字 | 別称など | 代表作 | 書論など | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
明 | 宋克(そう こく) | 1327年 - 1387年 | 仲温 | 号…南宮生 | 急就章 | 三宋の一人、小楷・草書・章草をよくした。 | |
明 | 宋璲(そう すい) | 1344年 - 1380年 | 仲珩 | 敬覆帖冊 | 三宋の一人。 | ||
明 | 宋広(そう こう) | 不詳 | 昌裔 | 号…東海漁者・桐柏山人 | 風入松詞 | 三宋の一人。 | |
明 | 沈度(しん ど) | 1357年 - 1434年 | 民則 | 号…自楽 | 敬斎箴冊 | 二沈の一人、沈粲の兄。 | |
明 | 沈粲(しん さん) | 不詳 | 不明 | 千字文 | 二沈の一人、沈度の弟。 | ||
明 | 張弼(ちょう ひつ) | 1425年 - 1487年 | 汝弼 | 号…東海翁 | 草書に長じた。 | ||
明 | 沈周 | 1427年 - 1509年 | 啓南 | 号…石田・白石翁 | 『蜀素帖』の跋文 | 詩書画いずれもよくし、書画の収蔵家でもある。 | |
明 | 祝允明 | 1460年 - 1526年 | 希哲 | 号…枝山・枝指生 | 草書前後赤壁賦 | 書述 | 呉中の四才子の一人 |
明 | 唐寅 | 1470年 - 1523年 | 伯虎・子畏 | 号…六如居士・桃花庵主 | 漫興十首詩巻 | 呉中の四才子の一人。 画で有名だが、書もよくした。 | |
明 | 文徴明 | 1470年 - 1559年 | 徴明・徴仲 | 号…衡山・停雲生 | 離騒経 | 停雲館帖 | 呉中の四才子の一人 |
明 | 陸深(りく しん) | 1477年 - 1544年 | 子淵 | 号…儼山 | 書輯 | ||
明 | 陳淳(ちん じゅん) | 1484年 - 1544年 | 道復・復甫 | 号…白陽・白陽山人 | |||
明 | 王寵(おう ちょう) | 1494年 - 1533年 | 履仁・履吉 | 号…雅宜山人 | |||
明 | 文彭 | 1498年 - 1573年 | 寿承 | 号…三橋・漁陽子 | 印章集説 | 文徴明の長子、近代篆刻の祖。 篆隷楷行草をよくした。 | |
明 | 文嘉 | 1501年 - 1583年 | 休承 | 号…文休 | 文徴明の次子。 鑑別・篆隷楷行書・篆刻をよくした。 | ||
明 | 顧従義(こ じゅうぎ) | 1523年 - 1588年 | 不明 | 法帖釈文考異 | |||
明 | 項元汴 | 1525年 - 1590年 | 子京 | 号…墨林 | 収蔵家として有名。 | ||
明 | 項穆(こう ぼく) | 不詳 | 徳純 | 号…蘭台 | 書法雅言 | 項元汴の長子。 | |
明 | 王世貞 | 1526年 - 1590年 | 元美 | 号…弇州山人・鳳洲 | 古今法書苑、弇州山人四部稿 | 評論家として有名 | |
明 | 邢侗(けい とう) | 1551年 - 1612年 | 子愿 | 号…来禽生 | 臨王羲之軸 | 来禽館帖・蘭雪斎集 | 明末の四大家の一人 |
明 | 董其昌 | 1555年 - 1636年 | 玄宰 | 号…思白・思翁・香光 | 行書詩巻 | 戯鴻堂帖 | 明末の四大家の一人 |
明 | 陳継儒 | 1558年 - 1639年 | 仲醇 | 号…眉公・麋公 | 董其昌の友人 | ||
明 | 米万鍾(べい ばんしょう) | 1570年 - 1628年 | 仲詔 | 号…友石・石隠 | 澄澹堂文集 | 明末の四大家の一人。 米芾の末裔 | |
明 | 張瑞図 | 1570年 - 1640年以後 | 長公・无画 | 号…二水・白毫菴・果亭山人 | 五言律詩軸 | 明末の四大家の一人 | |
明 | 黄道周 | 1585年 - 1646年 | 幼玄・幼平・細遵 | 号…石斎 | 草書七言律詩軸 | 易象正義 | 楷行草をよくした。 |
明 | 王鐸 | 1592年 - 1652年 | 覚斯・覚之 | 号…癡菴・嵩樵・十樵 | 詩巻 | ||
明 | 倪元璐 | 1593年 - 1644年 | 玉汝 | 号…鴻宝・園客 | 行草五言律詩軸 | ||
明 | 陶宗儀(とう そうぎ) | 不詳 | 九成 | 号…南村 | 書史会要 |
清
詳細は「中国の書道史#清」および「中国の筆跡一覧#清」を参照
時代 | 通称 | 生没年 | 字 | 別称など | 代表作 | 書論など | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
清 | 馮班(ふう はん) | 1602年 - 1671年 | 定遠[54] | 号…鈍吟老人 | 鈍吟書要 | ||
清 | 傅山 | 1607年 - 1684年 | 青主・仁仲 | 号…石道人・丹崖子 | |||
清 | 朱耷 | 1626年? - 1705年? | 雪个 | 号…八大山人 | |||
清 | 姜宸英(きょう しんえい) | 1628年 - 1699年 | 西溟 | 号…湛園 | 湛園題跋 | 帖学派の代表。 | |
清 | 朱彝尊 | 1629年 - 1709年 | 錫鬯 | 号…竹坨 | 隷書をよくした。 | ||
清 | 査昇(さ しょう) | 1650年 - 1707年 | 仲韋・漢中 | 号…声山 | |||
清 | 楊賓(よう ひん) | 1650年 - 1720年 | 可師[55] | 号…耕夫、大瓢山人 | 大瓢偶筆 | ||
清 | 汪士鋐(おう しこう) | 1658年 - 1723年 | 文升 | 号…退谷・秋泉 | |||
清 | 王澍(おう じゅ) | 1668年 - 1743年 | 若霖・若林・蒻林 | 号…虚舟・竹雲 | 論書賸語・虚舟題跋・竹雲題跋 | 書論に長じた。帖学派の代表。 | |
清 | 安岐(あん き) | 1683年 - 1745年 | 儀周 | 号…麓村 | 墨縁彙観 | 書譜に安麓村本がある。 | |
清 | 李鱓(り ぜん) | 1686年 - 1762年 | 宗揚 | 号…復堂 | 揚州八怪の一人 | ||
清 | 金農(きん のう) | 1687年 - 1763年 | 寿門・司農・吉金 | 号…冬心 | 揚州八怪の一人 | ||
清 | 張照 | 1691年 - 1745年 | 得天 | 号…涇南・梧囱 | 天瓶斎帖 | 帖学派の代表 | |
清 | 鄭燮 | 1693年 - 1765年 | 克柔 | 号…板橋 | 揚州八怪の一人 | ||
清 | 丁敬 | 1695年 - 1765年 | 敬身 | 号…鈍丁 | |||
清 | 梁巘(りょう けん) | 1710年? - 没年不詳 | 聞山・文山 | 号…松斎 | 評書帖 | ||
清 | 劉墉(りゅう よう) | 1719年? - 1804年? | 崇如 | 号…石庵 | 臨瘞鶴銘 | 帖学派の代表 | |
清 | 梁同書(りょう どうしょ) | 1723年 - 1815年 | 元穎 | 号…山舟 | |||
清 | 王昶 | 1724年? - 1806年? | 徳甫 | 号…蘭泉 | 金石萃編 | 金石学者 | |
清 | 王文治(おう ぶんち) | 1730年 - 1802年 | 禹卿 | 号…夢楼 | |||
清 | 姚鼐 | 1731年 - 1815年 | 姫伝 | 号…夢穀、別称…惜抱先生 | 姚惜抱墨跡 | 惜抱軒法帖題跋 | |
清 | 翁方綱 | 1733年 - 1818年 | 正三 | ||||
清 | 鄧石如 | 1743年 - 1805年 | 頑伯 | ||||
清 | 成親王(せいしんのう) | 1752年 - 1823年 | 鏡泉 | 名…永瑆、号…少厂 | |||
清 | 伊秉綬(い へいじゅ) | 1754年 - 1815年 | 組似 | 号…墨卿 | |||
清 | 阮元(げん げん) | 1764年 - 1849年 | 伯元 | 号…芸台 | 南北書派論・北碑南帖論 | ||
清 | 陳鴻寿 | 1768年 - 1822年 | 子恭 | ||||
清 | 姚元之(よう げんし) | 1773年? - 1852年 | 伯昂 | 号…薦青 | 姚鼐の後裔、隷書が特に著名 | ||
清 | 包世臣 | 1775年 - 1855年 | 慎伯 | 芸舟双楫 | |||
清 | 呉熙載 | 1799年 - 1870年 | 譲之 | ||||
清 | 何紹基 | 1799年 - 1873年 | 子貞 | ||||
清 | 曽国藩 | 1811年 - 1872年 | 伯涵 | ||||
清 | 潘存 | 1818年 - 1893年 | 仲模・存之 | 号…孺初 | |||
清 | 楊沂孫 | 1813年 - 1881年 | 詠春 | ||||
清 | 楊峴(よう けん) | 1819年 - 1896年 | 見山 | ||||
清 | 兪樾 | 1821年 - 1906年 | 蔭甫 | ||||
清 | 張裕釗 | 1823年 - 1894年 | 廉卿 | ||||
清 | 徐三庚 | 1826年 - 1890年 | 辛穀 | 号…袖海 | |||
清 | 趙之謙 | 1829年 - 1884年 | 益甫・撝叔 | ||||
清 | 翁同龢 | 1830年 - 1904年 | 叔平 | ||||
清 | 呉大澂 | 1835年 - 1902年 | 清卿 | ||||
清 | 楊守敬 | 1839年 - 1915年 | 惺吾 | 鄰蘇園帖 | |||
清 | 呉昌碩 | 1844年 - 1927年 | 倉石・昌碩 | 初名…俊卿、号…缶廬・苦鉄 | 臨石鼓文 | ||
清 | 康有為 | 1858年 - 1927年 | 広厦 | 号…長素・更生、別称…南海 | 広芸舟双楫 |
張照(ちょう しょう、1691年 - 1745年)
- 字は得天。華亭(現在の上海市松江区)の人。涇南・梧囱と号し、晩年に天瓶居士と号した。康熙48年(1709年)の進士で翰林院に入り、雍正11年(1733年)には刑部尚書となった。諡は文敏。書は顔真卿と米芾を学び、劉墉・王澍と並んで帖学派を代表する大家である。刻帖に『天瓶斎帖』がある。[56][12][57][58]
- 字は得天。華亭(現在の上海市松江区)の人。涇南・梧囱と号し、晩年に天瓶居士と号した。康熙48年(1709年)の進士で翰林院に入り、雍正11年(1733年)には刑部尚書となった。諡は文敏。書は顔真卿と米芾を学び、劉墉・王澍と並んで帖学派を代表する大家である。刻帖に『天瓶斎帖』がある。[56][12][57][58]
潘存(はん そん、1818年 - 1893年)
- 字は仲模、または存之。金石学に通じ、書をよくした。楊守敬はその門人として有名である。中林梧竹が渡清して潘存に師事した。[59][60][61]
- 字は仲模、または存之。金石学に通じ、書をよくした。楊守敬はその門人として有名である。中林梧竹が渡清して潘存に師事した。[59][60][61]
中華民国
時代 | 通称 | 生没年 | 字 | 別称など | 代表作 | 書論など | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
民国 | 于右任 | 1879年 - 1964年 | 右任 | 名…伯循、号…神州旧主・太平老人 | 標準草書 | ||
民国 | 沈尹黙(しん いんもく) | 1883年 - 1971年 | 君墨・秋明 | 号…尻黙 | 帖学派 |
中華人民共和国
時代 | 通称 | 生没年 | 字 | 別称など | 代表作 | 書論など | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
共和国 | 毛沢東 | 1893年 - 1976年 | 潤之 | 中国共産党初代主席、中国初代国家主席 | |||
共和国 | 沈従文 | 1902年 - 1988年 | 崇文 | ||||
共和国 | 舒同 | 1905年 - 1998年 | 文藻 | ||||
共和国 | 趙樸初 | 1907年 - 2000年 | |||||
共和国 | 啓功 | 1912年 - 2005年 | 元白 | ||||
共和国 | 欧陽中石 | 1928年 - | |||||
共和国 | 沈鵬 | 1931年 - | 中國書法家協會主席 | ||||
共和国 | 張海 | 1941年 - | |||||
共和国 | 程履端 | 1945年 - | 馬到成功、仏向心誠、馬、仏、情、舞 | 中国当代聖芸 | 中国特級書法師、中国陶瓷書画芸術大師、他 | ||
共和国 | 陳錦城 | 1958年 - | “雙管”書家 |
脚注
^ 中国語版「史籀」
- ^ ab鈴木洋保 P.33
^ 中田(書人小伝)P.223
^ 藤原鶴来 P.21 - 22
^ 比田井南谷 P.60
^ 比田井南谷 P.85 - 86
^ 辞典(西川) P.61
^ 中国語版「崔寔」
^ 鈴木洋保 P.114 - 115
^ 小野勝年 P.43
^ 鈴木翠軒 P.23
- ^ ab辞典(西川) P.89
^ 鈴木洋保 P.10
^ 鈴木洋保 P.11
^ 鈴木洋保 P.15
^ 辞典(西川) P.55
^ 鈴木洋保 P.35
- ^ ab辞典(西川) P.14 - 15
^ 中西慶爾 P.82
^ 辞典(飯島) P.72
^ 鈴木洋保 P.36
^ 鈴木洋保 P.16
^ 辞典(飯島) P.70
^ 比田井南谷 P.110
^ 中国語版「李式(晋代)」
^ 藤原鶴来 P.54
^ 鈴木洋保 P.22
^ 中国語版「虞龢」
^ 辞典(飯島) P.65
^ 比田井南谷 P.144 - 145
^ 中西慶爾 P.972
^ 鈴木洋保 P.59
^ 辞典(西川) P.68
^ 辞典(飯島) P.147
^ 辞典(西川) P.33
^ 比田井南谷 P.227
^ 鈴木翠軒 P.67
^ 藤原鶴来 P.128 - 129
^ 外山軍治 P.116 - 117
^ 辞典(西川) P.126
^ 鈴木洋保 P.70
^ 1155年 - 1221年、1155年 - 1230年など異説あり。
^ 中国語版「陳思」
^ 中田(書論集) P.213
^ 比田井 P.177
^ 杉村 巻末解説
^ 辞典(西川) P.46
^ 中文
^ 鈴木洋保 P.91
^ 辞典(西川) P.114
^ 木村卜堂 PP..177-178
^ 鈴木洋保 P.95
^ 辞典(西川) P.90
^ 中国語版「馮班」
^ 中国語版「楊賓」
^ 辞典(飯島) P.509
^ 比田井南谷 P.297
^ 鈴木洋保 P.199
^ 藤原鶴来 P.152
^ 鈴木洋保 P.250
^ 鈴木翠軒 P.85
出典・参考文献
木村卜堂 『日本と中国の書史』(日本書作家協会、1971年)
鈴木翠軒・伊東参州 『新説和漢書道史』(日本習字普及協会、1996年11月)ISBN 978-4-8195-0145-3
- 玉村霽山 『中国書道史年表』(二玄社、1998年6月)ISBN 4-544-01241-4
- 「中国書道史」(『書道藝術』別巻第3 中央公論社、1977年2月)
- 小野勝年 「漢」
- 外山軍治 「唐後期・五代」
藤原鶴来『和漢書道史』(二玄社、2005年8月)ISBN 4-544-01008-X
比田井南谷 『中国書道史事典』(雄山閣、1996年2月)ISBN 4-639-00673-X
- 鈴木洋保・弓野隆之・菅野智明 『中国書人名鑑』(二玄社、2007年10月)ISBN 978-4-544-01078-7
西川寧編 「書道辞典」(『書道講座』第8巻 二玄社、1969年7月)- 飯島春敬編 『書道辞典』(東京堂出版、1975年4月)
- 「黄山谷 伏波神祠詩巻」(『書跡名品叢刊 23』二玄社、1966年)
- 杉村丁 「巻末解説」
中田勇次郎 『中国書論集』(二玄社、新版1977年(初版1970年))- 中西慶爾編『中国書道辞典』(木耳社、初版1981年)
- 中田勇次郎「書人小伝・李斯」(「中国1 殷・周・秦」『書道全集 第1巻』 平凡社、新版1971年(初版1965年))
関連項目
中国の書道史 - 中国の書論 - 集帖
- 日本の書道史
日本の書家一覧 - 日本の漢字書家一覧 - 日本のかな書家一覧